クリニックは最初から医療法人で開業できる? 個人開業との違いと法人化のタイミング
- 8月18日
- 読了時間: 8分
更新日:2 時間前
「開業するなら、最初から医療法人にしたほうが節税になるのでは」——開業を考え始めた勤務医の先生から、よくいただく質問です。結論からいうと、最初から医療法人として開業すること自体は制度上可能です(都道府県による)。ただし医療法人の設立には都道府県知事の認可が必要で、申請できる時期も年に数回に限られます。株式会社のように、開業直前に思い立って法人を作るということはできません。そのため実務上は、まず個人で開業し、経営が軌道に乗ってから法人化するという流れをとるクリニックが多いのが実情です。
この記事では、①最初から医療法人で開業できるのか、②医療法人化は、いつ・何を検討して決めるのか、という2点に絞って解説します。
① 最初から医療法人で開業することはできる。ただし認可が必要
医療法人は、株式会社のように登記だけで設立できるものではなく、都道府県知事の認可を受けて初めて設立できます。登記はあくまで認可後の手続きであり、認可を経ずに医療法人として診療を始めることはできません。東京都で例を見ると、本年度令和8年度の申請のタイミングは、年2回程度に限られています。
手続き | 第1回 | 第2回 |
仮申請受付 | 令和8年8月31日〜9月4日 | 令和9年3月11日〜17日 |
本申請期限 | 令和8年12月28日 | 令和9年6月30日 |
医療審議会 | 令和9年2月初旬 | 令和9年8月初旬 |
認可書交付 | 令和9年2月下旬 | 令和9年8月下旬 |
仮申請の受付から認可書の交付までは半年前後かかるため、「◯月に開業したいから、その直前に法人を作る」という進め方はできません。医療法人として開業したい場合は、開業予定日から逆算して、いつまでに仮申請・本申請を終えておく必要があるかを先に押さえておく必要があります。
最初から医療法人として開業すること自体は、制度上できないわけではありません。ただし、都道府県の担当課は認可にあたって、法人が設立後も安定して運営されるかどうかを審査します。診療実績がない、または短い場合には、過去の実績に代えて、事業計画や収支見込みの合理性をより具体的に説明する必要があります。申請にあたっては、通常、添付書類として直近2年分の確定申告書など、過去の診療実績を示す資料が求められます。ただし、開業直後で確定申告前といった場合には、直近までの残高試算表等を添付する取扱いもあるとされています。つまり、2年分の確定申告書がそろっていなければ一律に認可されない、というわけではなく、実績の有無・長さに応じて求められる書類や説明の中身が変わる、と理解しておくのが実態に近いでしょう。ただし、認可の審査運用は都道府県によって対応が大きく異なるため、申請を検討する段階で、管轄の担当課に事前相談しておくことが重要です。
以上を踏まえると、最初から医療法人として開業すること自体は可能ですが、認可申請のスケジュールに開業日を合わせる必要があり、実績が浅い分だけ審査対応も慎重にならざるを得ません。個人開業に比べて、準備のハードルは高いと考えておいたほうがよいでしょう。
② 医療法人化は、いつ・何を検討して決めるのか
法人化は「利益が出たらすぐに行う」ものではありません。ひとつの目安になるのが、院長個人の課税所得が1,800万円前後となる水準です。所得税は課税所得1,800万円以上の部分について40%となるため、この水準になると、役員報酬の設定や法人内部への利益留保を含め、医療法人化を具体的に検討する意味が大きくなります。ただし、1,800万円を超えれば必ず法人化が有利になるわけではありません。
法人化を検討するときに大切なのは、法人税率が個人の所得税率より低いかどうかだけでなく、院長個人の手取りと法人に残るお金を合わせてどう最大化するかという視点です。医療法人化後は、診療収入から院長への役員報酬やその他の経費を支払い、その残額が法人の所得となります。役員報酬を高く設定すれば院長個人の所得税・住民税や社会保険料の負担が大きくなり、逆に役員報酬を抑えて法人側に利益を残せば、院長個人が自由に使える手取りは減ります。比較すべきは、個人開業を続けた場合の院長個人の可処分所得と、医療法人化した場合の「院長個人の可処分所得+法人に税引後で残る資金」です。税額の差だけを見るのではなく、社会保険料も含めて、最終的に個人と法人それぞれにいくら残るのかで判断する必要があります。
そのうえで、法人化を検討する際に確認しておきたい実務的な事項を整理します。
① 負債・資産の引継ぎ 個人開業時の医療機器や内装などの資産、そしてその購入のための借入金は、法人化すれば自動的に医療法人へ移るわけではありません。個人名義の借入金そのものを法人へ引き継ぐ(債務引受)には金融機関の同意が必要になる場合もあり、法人化のタイミングは借入金の返済状況や金融機関との調整とも切り離せません。実務上は、個人が保有する資産を医療法人へ売買(譲渡)する形で移し、その売買代金を法人が未払金として計上して返済していく形をとるのが一般的です。
② 社会保険への加入 医療法人は原則として社会保険(健康保険・厚生年金保険)の強制適用事業所となり、院長自身も原則として加入対象になります。個人開業のときとは異なり、院長本人の保険料負担に加えて、医療法人が負担する事業主負担分も新たに生じます。そのため、法人化の有利不利を比較する際には、院長の給与から控除される社会保険料だけでなく、法人負担分まで含めたキャッシュアウトで見る必要があります。
③ 個人と法人の資金が区分される 医療法人の預金やその他の資産は法人のものであり、院長個人の生活費や私的支出に自由に使うことはできません。法人から役員等への不当な利益供与や貸付は、医療法上の剰余金配当禁止(医療法第54条)との関係でも問題となり得ます。持分の定めのない医療法人では、内部留保した利益を出資持分として個人へ払い戻すこともできません(基金の返還は可能です)。法人に利益を残す場合、その資金は法人の設備投資や運転資金等には活用できますが、院長個人が自由に使える生活資金ではありません。法人に残した利益は、院長個人が自由に使える可処分所得とは区別して考える必要があります。
④ ガバナンス 医療法人になると、社員総会・理事会の開催や議事録の作成、行政庁への各種報告など、運営上の手続きが増えます。理事長であっても、重要事項については社員総会や理事会での決議が必要となるため、個人開業のように院長の判断だけですべてを決められるわけではありません。
⑤ 解散時の手間・残余財産 医療法人をやめるときの手続きは、個人開業の廃業に比べて格段に煩雑です。個人開業であれば保健所や税務署への廃業の届出が中心ですが、医療法人の解散(社員総会の決議による解散など)は、事前に都道府県知事の認可が必要で、都道府県医療審議会の意見を経る点は設立のときと同様です。さらに、持分の定めのない医療法人では、解散時の残余財産を院長個人が取得することはできません。そのため、法人内部に蓄積した利益を、最終的には院長個人へ払い戻せるものとして法人化を判断するのは適切ではありません(ただし一般的には退職金などで出口は設計します)。
これらに加えて、税負担や将来設計の面では、次のような点も整理しておくとよいでしょう。
院長個人の課税所得はいくらか
法人化後の役員報酬をいくらにするか(院長個人として必要な年間生活費とも表裏の関係)
将来の退職金をどう設計するか
分院展開や事業承継を考えているか
医療法人の認可申請は年数回に限られ、仮申請から半年前後かかることを踏まえると、「いつから医療法人として診療を開始したいか」を先に決め、そこから逆算して準備を進める必要があります。目安としては、法人化を希望する時期の半年〜1年前には税理士に相談し、試算とスケジュールの確認を始めておくと安心です。
まとめ
最初から医療法人として開業することは、制度上は可能です。ただし認可制であるため、開業時期や準備期間の制約は個人開業より大きくなります。そのため、まず個人で開業し、必要に応じて法人化するという方法が一般的です。
法人化は単なる節税手段ではありません。判断する際は、院長個人の可処分所得、法人に残る資金、社会保険負担、借入金等の承継、個人と法人の資金の分離、法人運営上のガバナンス、将来の解散・事業承継まで含めて考える必要があります。法人税率が低いから法人化するのではなく、法人化後の経営全体が自分の将来像に合っているかで判断することが重要です。
執筆者:税理士 鈴木貴之(東京税理士会 上野支部・登録番号 第147721号)
※本記事は2026年8月時点の情報にもとづきます。医療法人設立の認可要件・審査運用は都道府県によって異なり、本記事では東京都の令和8年度スケジュールを例として紹介しています。個人開業から医療法人化への具体的な判断(時期・有利不利の試算)は、収支状況や家族構成、退職金設計などにより個社ごとに異なるため、税理士等の専門家にご相談のうえ判断してください。
参考
東京都保健医療局「医療法人設立、解散、合併認可等に係る年間スケジュール(令和8年度)」:https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/iryo/hojin/schedule2026
東京都保健医療局「医療法人設立の手引(令和8年6月版)」:https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/iryo/hojin/tebiki2026


