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開業医の社会保険 完全ガイド ― 医師国保・組合健保・協会けんぽの比較【東京版】

  • 7月24日
  • 読了時間: 13分

更新日:3 時間前

 開業準備の面談で、ほぼ必ず聞かれるご質問があります。「社会保険って、結局どれに入るのが得なんですか」。

 医師国保、組合健保、協会けんぽ。名前は聞いたことがあっても、自分のケースでどれが有利かまでは判断がつかない、という院長がほとんどです。

 

 この記事では、東京都を例にして、東京都医師国民健康保険組合・東京都医業健康保険組合・協会けんぽ東京支部の実際の数字を使って、「開業時 → スタッフ5人の壁 → 医療法人化」という時系列に沿って、どこで何を選ぶべきかを整理します。

 

 なお、医師会に入って医師国保を選ぶ院長にとって、区市町村の国民健康保険は現実の選択肢になりにくいため、ここでは医師国保・組合健保・協会けんぽの3つに絞って比較します。

この記事のポイント ● 医師国保が有利になるかどうかは「所得」だけでは決まらない。扶養家族の人数で結論が変わる(医師国保は家族の人数分だけ保険料が増えるため) ● 院長本人とスタッフは分けて設計する。被用者保険(組合健保・協会けんぽ)の事業主負担は給与の約5%で、採用人数がそのまま固定費になる ● スタッフ5人・医療法人化で強制適用になっても、適用除外承認申請(期限14日)で医師国保は継続できる

3問でわかる、あなたの選択肢

 細かい試算に入る前に、大枠を確認します。次の3問に答えると、検討すべき選択肢が絞れます。

Q1. 個人事業ですか、医療法人ですか? ・個人事業(スタッフ4人以下)

→ 院長本人は医師国保が基本。スタッフの保険はQ2へ ・個人事業(スタッフ5人以上)or 医療法人

→ 健康保険・厚生年金が強制適用。ただし適用除外承認申請で医師国保の継続が可能 → Q2・Q3へ

Q2.(法人化する場合)院長の役員報酬をいくらに設定しますか? ・標準報酬で月40万円以下(単身)or 月72万円以下(配偶者+子2人)

→ 被用者保険(組合健保・協会けんぽ)が有利になりやすい ・それを超える

→ 適用除外で医師国保を継続したほうが安くなりやすい

Q3. スタッフの平均月給は38万円を超えていますか? ・超えていない

→ スタッフ本人の負担は、協会けんぽ・組合健保のほうが軽いことが多い ・超えている

→ 医師国保(定額)のほうが軽くなる場合がある

 

 なお、医師国保に加入するには多くの地域で地元医師会への入会が前提になり、入会金がかかります。保険料の差だけで判断せず、開業予定地の医師会に入会金・年会費を必ず確認してください。


3つの制度の比較

項目

医師国保(東京都医師国保)

組合健保(東京都医業健康保険組合)

協会けんぽ(東京支部)

主な加入対象

医師会員とその従業員・家族

東京都内の病院・診療所などが組合に加入

強制適用事業所の被用者(既定)

保険料の決まり方

ほぼ定額(区分ごとの月額)

報酬比例(標準報酬×約9.95%)

報酬比例(標準報酬×9.85%)

事業主の保険料負担

なし(本人が全額)

あり(労使折半)

あり(労使折半)

扶養家族の扱い

人数分だけ保険料が増える

何人でも保険料は変わらない

何人でも保険料は変わらない

保険料の上限

上限なし(人数分の定額)

標準報酬139万円で頭打ち

標準報酬139万円で頭打ち

出産育児一時金(1児50万円)

あり

あり

あり

出産手当金・傷病手当金(休業中の所得保障)

なし(東京都医師国保の給付一覧に見当たらず)

あり

あり

自家診療の保険請求(自院での受診)

できない

できる

できる

高額療養費(自己負担の上限)

あり

あり

あり

付加給付(高額療養費への上乗せ)

なし

あり(一部負担還元金)

なし

厚生年金

適用除外で併用可

セット

セット

加入・退職などの事務手続き

医師国保組合+年金事務所(適用除外の申請も必要)

健保組合+年金事務所の2か所

年金事務所でまとめて完結

 表からわかる、押さえておきたいポイントは次の4つです。


● 組合健保は「安い」わけではない:東京都医業健康保険組合の健康保険料率は約9.95%で、協会けんぽ東京支部の9.85%とほぼ同水準(むしろわずかに高い)。事業主負担も労使折半で変わりません。それでも組合健保を選ぶ意味は付加給付です。医療費が高額になったときの高額療養費はどの制度にもある法定給付ですが、そこに上乗せする「一部負担還元金」は組合健保だけ(令和7年4月からは1医療機関1か月の自己負担のうち5〜8万円を超えた分が戻開業医の社会保険-完全ガイド-―-医師国保・組合健保・協会けんぽの比較【東京版】る)。協会けんぽにも東京都医師国保にもありません。なので、保険料を下げるための健保というよりは、従業員の福利厚生を厚くするための健保というスタンスです。

 注意点は、協会けんぽであれば手続きを年金事務所で一括で行えますが、組合健保の場合は健保組合と年金事務所の両方で行わなければならないこと、東京都内でしか加入できないため、都外に分院を出すときに制約があることです。


● 扶養家族の扱い:被用者保険(組合健保・協会けんぽ)は扶養家族が何人いても保険料が変わりませんが、医師国保は人数分だけ積み上がります。ここが、このあとの院長本人の試算で効いてきます。


● 給付の差:出産育児一時金(1児50万円)は医師国保でも支給されます。被用者保険と本当に差がつくのは、休業中の所得を補う出産手当金・傷病手当金で、東京都医師国保の給付一覧にはこの2つが見当たりません。産休・育休や長い病気休業をとるスタッフが多いほど、この差は重要になります。



● 自家診療は医師国保だと保険請求できない:院長本人・家族・従業員が自院で受けた診療は、東京都医師国保では自家診療にあたり保険請求・給付ができません(規約で「請求を行わない」と規定。判明すると3年分さかのぼって返戻)。協会けんぽ・組合健保では自家診療も請求できます。福利厚生で院長・家族・スタッフを自院で診る機会が多いクリニックほど影響がでます。


【院長】医師国保が有利になるのは、「高い役員報酬 × 扶養が少ない」とき

 まず院長側の観点です。ここは医療法人化のタイミングで判断が変わります。

個人事業のうちは、院長本人は事業主なので被用者保険(組合健保や協会けんぽ)には入れません。実質、医師国保が基本の選択肢です。ところが医療法人化すると、院長は「法人の役員(被用者)」に変わり、健康保険・厚生年金が強制適用になります。ここで初めて、「役員報酬に応じた被用者保険」か「適用除外で医師国保を継続」かという分岐が生まれます。

 以下は、都内の45歳の院長を前提に、医師国保(定額)と被用者保険を並べたものです。被用者保険の保険料は、役員報酬(額面)を標準報酬月額の等級に当てはめ、協会けんぽ東京・令和8年度の料率11.70%(健保9.85+介護1.62+子育て0.23、40〜64歳)で計算しています(組合健保もほぼ同水準)。事業主負担分も院長の法人が払うため、経済的な総額で比較しました。厚生年金はどちらの道でも同じようにかかるため、ここでは健康保険部分だけを比べています。

(参考)試算の前提 ・東京都医師国保:第1種組合員(院長本人)月40,900円、40〜64歳は介護分+6,000円で月46,900円。家族(18〜74歳)は月12,800円+介護6,000円、小学生以下は月9,500円 ・東京都医業健康保険組合・協会けんぽ東京支部:標準報酬月額の上限は139万円(等級50)

ケース1:院長が単身(扶養家族なし)

役員報酬(額面月額)

標準報酬月額

被用者保険(総額・年)

医師国保(年)

どちらが安いか

40万円

41万円

約575,600円

562,800円

ほぼ互角(分岐点)

60万円

59万円

約828,400円

562,800円

医師国保が年約26万円安い

100万円

98万円

約1,375,900円

562,800円

医師国保が年約81万円安い

ケース2:配偶者(扶養)+子ども2人(小学生)

役員報酬(額面月額)

標準報酬月額

被用者保険(総額・年)

医師国保(年)

どちらが安いか

72万円

71万円

約996,800円

1,016,400円

ほぼ互角(分岐点)

100万円

98万円

約1,375,900円

1,016,400円

医師国保が年約36万円安い

 被用者保険は報酬に比例して上がり、標準報酬139万円で頭打ちになります。一方、医師国保は役員報酬がいくら高くても定額です。そのため、役員報酬を高く設定する院長ほど、適用除外で医師国保を継続したほうが有利になりやすい、という結論になります。

 

 ここで論点になるのが扶養家族です。単身なら役員報酬40万円あたりが分岐点ですが、配偶者と子ども2人がいると72万円まで上がります。医師国保は家族の人数分だけ定額が積み上がるため、扶養が多い院長ほど医師国保の優位は薄れます。

 

 数字だけ見ると「役員報酬が高い院長は医師国保が有利」に見えますが、実際には協会けんぽを選ぶ医療法人も少なくありません。最大の理由は、加入資格です。適用除外で医師国保を続けられるのは、法人化の時点ですでに医師国保に加入している院長が対象になるのが原則です(詳細は組合又は社労士にご確認ください)。裏を返せば、医師国保を検討するかどうかは、「すでに医師国保に加入しており、扶養が少なく、役員報酬が高い」院長という、限られた条件だと押さえておくとよいでしょう。


【スタッフ】保険料は、そのまま固定費になる

 次にスタッフ側です。ここは、院長本人の損得よりも経営インパクトが大きい部分です。


 個人事業所でも常時使用する従業員が5人以上になると、健康保険・厚生年金の強制適用事業所になります(日本年金機構「適用事業所と被保険者」)。医療法人化した場合は、人数にかかわらず強制適用です。このとき、スタッフの健康保険は「協会けんぽ」か「組合健保」か、あるいは適用除外で「医師国保」に残すか、という選択になります。

 

 なお、法人化しておらず従業員が4人以下のクリニックは強制適用の対象外で、この場合スタッフは協会けんぽには入れず、医師国保の第2種か各自の国民健康保険になります。また、スタッフを医師国保(第2種)に加入させられるのは常勤またはそれに準ずる勤務の職員で、短時間のパートは対象外になることがあります。以下は、強制適用(5人以上または法人化)になったあとの話です。


事業主負担は、給与の約5%

 協会けんぽ・組合健保はいずれも労使折半です。令和8年度の協会けんぽ東京支部の事業主負担は、健康保険4.925%+子ども・子育て支援金0.115%=約5.04%(40歳未満)。40〜64歳はさらに介護0.81%が乗ります。組合健保もほぼ同水準です。

 

 一方、適用除外承認を受けてスタッフを「医師国保+厚生年金」にした場合、健康保険部分の事業主負担がなくなります(医師国保に事業主の保険料負担義務はないため)。厚生年金はどの道でも同じようにかかるので、差が出るのは健康保険部分だけです。

 

 つまり、事業主負担の差は給与の約5.0%(40歳未満)〜5.9%(40〜64歳)。これが毎月、人数分だけ効いてきます。


ただし、スタッフ本人には被用者保険が有利なことが多い

 ですが、経営側のコストだけで決めてしまうと、採用面で不利になります。スタッフ本人の負担も見ておきましょう。

 

 医師国保の第2種組合員(従業員)の保険料は月19,200円の定額です(40歳未満)。一方、協会けんぽ・組合健保のスタッフ本人負担は標準報酬に比例します。協会けんぽ東京・令和8年度の保険料額表で見ると、標準報酬月額38万円(健康保険の第26等級)の本人負担は、健康保険18,715円+子ども・子育て支援金437円=19,152円(40歳未満)。医師国保 第2種の19,200円とほぼ一致します(差48円)。ひとつ下の36万円(第25等級)は18,144円、ひとつ上の41万円(第27等級)は20,664円ですから、この38万円の等級あたりが分かれ目です。

 

 つまり、標準報酬38万円未満のスタッフは、協会けんぽ・組合健保のほうが本人負担は軽くなります。たとえば標準報酬26万円(月給25万円前後)のスタッフなら、被用者保険の本人負担は約13,100円、医師国保なら19,200円ですから、月6,000円ほど被用者保険が有利です。

 

 さらに被用者保険には傷病手当金・出産手当金があり、組合健保には付加給付も上乗せされます。女性スタッフの比率が高いクリニックでは、産休時の所得保障の有無は採用・定着に直結します。ここを軽く見て医師国保に一本化すると、目先の固定費は下がっても、採用力で見えないコストを払うことになりかねません。

 

 院長は医師国保、スタッフは協会けんぽまたは組合健保という組み合わせが実務上よく採られるのは、この両面を踏まえた結果です。もっとも、スタッフを協会けんぽにするなら、院長だけ医師国保にする手間と釣り合わず、まとめて協会けんぽにする医院も多くなります。ただし何が最適かはクリニックごとに異なりますので、人員構成と給与水準をもとに試算したうえでご判断ください。


適用除外承認申請(期限が短いので要注意)

 スタッフ5人以上、あるいは医療法人化で強制適用になったとき、医師国保を継続するために必要なのが「健康保険被保険者適用除外承認申請」です。

 

 東京都医師国民健康保険組合の案内によれば、手続きの期限は次のとおりです。

提出書類

期限

健康保険被保険者適用除外承認申請書

事実が発生した日から14日以内

厚生年金保険の資格取得届

5日以内

 問題は、厚生年金の届出期限のほうが先に来ることです。同組合では、適用除外承認申請書は「別途提出予定」と付記したうえで、先に年金事務所へ資格取得届を提出する運用も案内されています。

 

 5人目を採用する前、法人設立日を決める前に、社会保険の設計と届出スケジュールを固めておく。これが実務上いちばん大事なポイントです。当事務所でも、法人化のシミュレーションを行う際は、この届出の段取りまで含めてご案内しています。

 

 もう一つ、日々のランニングで見落とされがちなのが事務手続きです。協会けんぽは健康保険も厚生年金も年金事務所(日本年金機構)でまとめて手続きできますが、組合健保は健保組合と年金事務所の2か所、医師国保を続ける場合は医師国保組合と年金事務所に加えて適用除外の申請まで必要になります。保険料の損得だけでなく、こうした事務負担の差も含めて選ぶと現実的です。


保険料の税務上の扱い ― 経費になるもの・ならないもの

 見落とされやすいのが、社会保険料は「誰の負担分か」で税務上の扱いが変わる点です。院長本人の医師国保の保険料は、クリニックの経費(損金)ではなく、確定申告での社会保険料控除の対象になります。一方、法人化して役員やスタッフが協会けんぽ・組合健保に加入した場合、法人が負担する事業主負担分は法定福利費として損金になり、しかも個人の給与として課税されることもありません。

 

 この「事業主負担は法人の損金になり、個人の課税対象にもならない」という性質があるため、被用者保険には税務上のクッションが働きます。前に触れた「資格の壁」やスタッフ・給付の事情とあわせて、これも医療法人が協会けんぽや組合健保を選ぶ理由の一つです。

 

 ただし、これは被用者保険が常に有利になることを意味しません。役員報酬を高く設定すると被用者保険の保険料そのものが大きく膨らむため、損金効果を差し引いても、定額の医師国保のほうが手元に残るお金は多くなるケースが少なくありません。「法人で損金を取れるから協会けんぽが得」と単純に決めず、役員報酬の水準まで含めて、法人化のシミュレーションで一緒に見ておく必要があります。


まとめ

 社会保険の選択は、制度の当てはめではなく、役員報酬・扶養家族の人数・採用計画という3つの見通しをふまえた固定費の設計です。とくに「高所得なら医師国保」という一般論は、扶養家族が多い院長には当てはまらないことがあります。また、組合健保は料率で選ぶものではなく、付加給付という上乗せで選ぶものです。

法人化や5人採用のタイミングを決める前に、地元医師会の入会金と、役員報酬・スタッフ構成を前提にした保険料を一度シミュレーションしておくと、あとから慌てずに済みます。


執筆者:税理士 鈴木貴之(東京税理士会 上野支部・登録番号 第147721号)


※本記事は2026年7月時点の情報です。試算は東京・45歳の院長を前提とした概算であり、実際の保険料は年齢・世帯構成・報酬・加入する組合により異なります。料率の時点は、協会けんぽ・国民年金・年金額が令和8年度、東京都医師国保が令和8年4月からの保険料、東京都医業健康保険組合が令和8年3月1日適用の料率表(健康保険9.948%・介護1.6%・子ども子育て支援金0.23%〈令和8年4月〜〉)によります。加入にあたっては必ず開業予定地の医師会・各保険者・年金事務所にご確認ください。


出典 ・保険料について|東京都医師国民健康保険組合

https://www.tokyo-ishikokuho.or.jp/kanyu/hokenryou.html ・健康保険適用除外について|東京都医師国民健康保険組合

https://www.tokyo-ishikokuho.or.jp/kanyu/jogai.html ・自家診療について|東京都医師国民健康保険組合

https://www.tokyo-ishikokuho.or.jp/hoken_kyufu/zikaryouyou.html ・当健康保険組合の保険料|東京都医業健康保険組合

https://www.toui-kenpo.or.jp/member/outline/fee.html ・医療費が高額になったとき(一部負担還元金・付加給付)|東京都医業健康保険組合

https://www.toui-kenpo.or.jp/member/benefit/expensive_a.html ・令和8年度の都道府県ごとの保険料率|全国健康保険協会

 
 
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