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クリニックが被災したら、何から動く?

  • 8月4日
  • 読了時間: 13分

更新日:2 時間前

 このたびの令和8年熊本地震により被災された皆様に、心よりお見舞い申し上げます。地域の医療を支えながら、ご自身やスタッフ、ご家族の生活の立て直しにも向き合っておられることと思います。一日も早く、地域の医療と皆様の日常が落ち着きを取り戻すことを、心よりお祈り申し上げます。

 被災直後は、診療の継続やスタッフ・ご家族の安否確認に追われ、税金の手続きにまで気が回らないという方も多いと思います。結論から申し上げると、被災直後にまず急ぐべきは申告や納税ではありません。本記事では、①人命と診療の継続、②被害の証拠保全、③期限延長など公的な救済制度の確認、④2か月ほど先に表れる資金繰りへの備え、という順番で、クリニック・医療法人が取るべき対応を整理します。特定の被災地域を前提とせず、今後の災害に備えたい方にも参考になる内容にしています。

この記事のポイント ● 診療継続と証拠保全を先に、税務は期限延長の確認から ● 院長個人(住宅・家財)と医療法人・個人開業の事業用資産は、分けて処理する ● 税の猶予・還付と融資は、要件・時期・資金の使いみちがそれぞれ違うことを踏まえて組み合わせる ● レセプトの入金減は約2か月遅れて表れるので、先回りして資金繰りを作っておく

① 発災後72時間―診療継続とデータ・証拠保全を最優先に

 最優先は、院長・スタッフ・患者さんの安全確認と、診療を継続できる体制の確保です。そのうえで、電子カルテやレセプトコンピュータなど診療データの保全にも早めに着手してください。サーバーやバックアップの状態を確認し、必要であれば早い段階でシステム業者に連絡しておくと、後の対応がスムーズになります。

 破損した設備や什器を廃棄・撤去・修理する前に、次のような記録を残しておくことが大切です。

・被害箇所の写真(日付が分かる形で、建物・医療機器・什器ごとに)

・被災した資産の一覧(固定資産台帳との突合)

・修理業者による見積書

・火災保険・地震保険など保険関係書類(契約内容・連絡先の確認)

 これらの資料は、後述する評価損の計上や保険金の請求、税務署への申告のいずれにおいても基礎資料になります。証拠を残したうえで、次の章以降でご説明する期限延長・レセプト・窓口負担についての公式な通知を確認する、という順番で進めていただくのが安心です。


② 申告・納付期限の延長と、2つの納税猶予制度

 国税の申告・納付等の期限は、災害でやむを得ず期限内に対応できない場合、国税通則法11条にもとづいて延長されます。延長には2つの方法があります。

地域指定…国税庁長官が地域と期日を指定した場合、その地域に納税地がある方は申請不要で自動的に延長されます。

個別指定…地域指定の対象外でも「災害による申告、納付等の期限延長申請書」を提出すれば個別に延長を受けられます。申請書は、やむを得ない理由がやんだ後、相当の期間内に提出します。承認されると、税務署長が指定する日まで期限が延長されますが、その日は原則として、やむを得ない理由がやんだ日から2か月以内の日とされます(申請書の提出時期と、延長後の期限とは別のものです)。

 申告はできても、納付そのものが難しいということもあると思います。そのときに使えるのが「納税の猶予」です。猶予は支払いを一定期間先送りする制度で、支払いそのものを免除する「減免」とは意味が異なります。国税通則法46条には、性質の異なる2つの猶予制度が定められています。

比較項目

46条1項(相当な損失)

46条2項(納付困難)

主な要件

全積極財産のおおむね20%以上の損失

一時に納付することが困難であること(損失割合の定めはなし)

申請期限

災害のやんだ日から2か月以内

定めなし(速やかに申請)

猶予される金額

損失の程度に応じた金額

納付が困難な金額が限度

担保

原則不要

原則必要(猶予税額100万円以下・猶予期間3か月以内・特別の事情がある場合は不要)

猶予期間

損失の程度に応じ、損失割合20%以上50%以下はおおむね8か月、50%超はおおむね1年(納期限から)

原則1年以内(延長により最長2年まで)

 どちらの制度も「災害が起きたら全税目が自動的に対象になる」というものではなく、対象になる税金には納税義務の成立時期や納期限などの条件があります。要件に当てはまるかどうかを確認したうえで申請する必要があります。猶予期間中の延滞税(納付が遅れたことへの利息にあたる税)は、46条1項(相当な損失)の場合は全額免除、46条2項(納付困難)の場合は全部または一部が免除されます(国税通則法63条)。対象となる税目や金額は状況によって異なりますので、被害状況がわかる資料を持って、税務署・税理士に確認することをおすすめします。

 令和8年熊本地震については、国税庁が令和8年7月29日付で「令和8年熊本地震により被害を受けられた皆様へ(災害関連情報)」を公表し、申告・納税等の手続の案内を始めています。地域指定の対象地域・期日は、本記事の情報基準日(2026年8月4日)時点でまだ確認できていませんので、対象地域の医療機関は国税庁・熊本国税局の最新の告示で確認してください(災害救助法は7月28日付で熊本県内10市10町1村に適用されています)。


③ 患者の窓口負担・資格確認・レセプト請求

 医療機関ならではの初動として、患者対応も押さえておきたいところです。厚生労働省は令和8年熊本地震に関する医療保険・診療報酬の専用ページを設け、令和8年7月28日付の保険局医療課事務連絡にもとづき、被保険者証等の提示の取扱いや、一部負担金等の徴収猶予・減免について周知しています。ここで大切なのは、一部負担金の免除や猶予は「対象となる方」「対象となる期間」「申立ての方法」など、公式に示された要件に沿って行うものだという点です。医療機関の判断だけで窓口負担を一律に免除してよいわけではなく、対象や手続に迷う場合は、保険者(協会けんぽ・国民健康保険等)や支払基金・国民健康保険団体連合会の窓口、都道府県からの通知で確認するようにしてください。

 レセプトの請求実務についても、厚生労働省の保険診療・診療報酬関係の取扱いのページでは、2026年8月4日現在、令和8年熊本地震が災害時の保険診療・診療報酬の取扱いに関する通知の定める「対象となる災害」に該当し、令和8年8月31日までの診療分について特例的な取扱いが適用されるとされています。概算請求(前年同月の実績等をもとにした請求)や請求期限の延長といった枠組みも、この特例の中で運用されます。ただし、対象期間や請求方法は今後変更・延長される可能性がありますので、対象となる具体的な診療月や手続の詳細は、厚生労働省・社会保険診療報酬支払基金・国民健康保険団体連合会からの最新の通知で確認してください。

 なお、東日本大震災・平成28年熊本地震・令和6年能登半島地震といった過去の大災害でも、被災してカルテやレセプトデータが確認できない医療機関に対して、同様の概算請求や請求期限の延長が認められてきた実績があります。これらは今回とは別の災害での過去の運用であり、今回の具体的な取扱いはあくまで最新の通知で確認する、という前提で参考にしてください。


④ 院長個人の住宅・家財―雑損控除と災害減免法

 自宅や家財が被災した場合、院長個人の所得税では「雑損控除」「災害減免法」のどちらかを選択できます。両方は併用できないため、有利な方を選ぶ必要があります。比較のポイントは、所得金額・損害の割合・保険金等を控除したあとの金額です。

比較項目

雑損控除

災害減免法

所得の上限

なし

1,000万円以下

損害の程度

特に定めなし(保険金等控除後の損害額で計算)

住宅・家財の損害額が時価の1/2以上

控除・軽減の目安

①(損害金額+災害関連支出−保険金等)−総所得金額等×10%、②(災害関連支出−保険金等)−5万円のうち多い方

所得500万円以下は全額免除、500万円超750万円以下は1/2軽減、750万円超1,000万円以下は1/4軽減

控除しきれない分

3年間繰越(特定非常災害の指定を受けた場合は5年間)

繰越なし

 所得が高い年は雑損控除の方が有利になりやすく、損害が大きく所得が抑えられた年は災害減免法の全額免除が効くこともあります。実際にはどちらが得か、両方の金額を計算して比較するのが確実です。なお、雑損控除の繰越期間が5年になる「特定非常災害」への指定については、本記事の情報基準日時点でまだ確認できていませんので、指定された場合の話として理解しておいてください。

 被災地への義援金についても一言添えておきます。日本赤十字社や共同募金会などへの義援金は、募金口座や募集要綱、最終的な拠出先によって税務上の扱いが異なります。地方公共団体への寄附金として寄附金控除の対象になるのは、国税庁が対象として案内している募金である場合に限られますので、寄附先が対象になっているかを確認し、受領証や振込票を保管しておいてください。


⑤ 医療法人・個人開業の事業用資産―評価損・修繕費・特別勘定・還付

 超音波診断装置やレントゲン、電子カルテサーバーなど、クリニックの事業用資産が被災した場合の扱いは、法人か個人開業かで異なります。ここでは医療法人の法人税における取扱いを整理します。

 まず評価損です。ここで注意したいのは、固定資産の時価が単に下がっただけでは評価損を計上できないという点です。棚卸資産や固定資産が災害で「著しい損傷」を受けたことなど、決められた評価換えの事由に当てはまり、時価が帳簿価額を下回った場合に、その差額を損金経理により計上できます。時価をいくらと見積もるかについても決まった算式はなく、損傷の程度、処分可能価額、修理見積り、専門業者による査定などの合理的な資料にもとづいて判断することになります。①著しい損傷などの事由に当てはまるか、②合理的な資料をもとに時価をどう見積もるか――この2点を、証拠保全の章で挙げた被害写真や固定資産台帳、罹災証明、修理・再調達の見積り、保険金の見込額とあわせて整理しておくと、税理士との相談もスムーズになります。

 評価損のほかにも、次のような手段があります。それぞれ性質の異なる制度であり、同じ損失や費用を重複して計上することはできません。

修繕費と資本的支出の区分…原状回復費用は修繕費。区分が判然としない場合は、支出額の30%を修繕費、残額を資本的支出として経理できる

災害損失特別勘定…評価損の代わりというわけではなく、別の制度です。被災した資産の修繕等のために、災害から1年以内に支出することが見込まれる適正な見積額を、一定の限度で損金経理により繰り入れることができます。1年後に使い切らなかった残額は益金に戻し入れますが、税務署長の確認を受ければ延長できる場合があります

災害損失欠損金の繰戻し還付…災害から1年以内に終了する事業年度の欠損金について、前1年(青色申告なら前2年)以内に開始した事業年度の法人税の還付を、確定申告書または仮決算の中間申告書の提出と同時に請求できます。決算を待たずに事業年度の途中で使うには「仮決算による中間申告」が必要ですが、これは法人が好きなタイミングで選べる制度ではなく、災害のあった日から6か月以内に終了する中間期間であることなど、一定の要件を満たす場合に限られます。事業年度や中間期間と災害の発生日との関係によっては、決算を待たずには使えないこともあります。いずれも自動的に還付されるものではなく、申告書や還付請求書等の提出が必要です

 保険金を受け取る場合は、評価損や修繕費、災害損失特別勘定との重複計上にならないよう調整が必要です。この点も含めて、個別の判断は税理士に確認しながら進めることをおすすめします。

 個人開業のクリニックの場合、これらは法人税の制度なので同じ条文はそのまま使えません。医療機器などの事業用資産の損失や修繕費は、雑損控除の対象ではなく、事業所得の必要経費として処理するのが基本の考え方です。住宅・家財(生活用)と医療機器(事業用)を混同しないよう、按分や区分の考え方を税理士と確認しておくことをおすすめします。


⑥ 約2か月後に表れる資金不足に備える「13週間資金繰り」

 クリニックの資金繰りで見落としやすいのが、診療報酬の入金構造です。保険診療分のレセプトは、電子レセプトを診療月の翌月10日までに、社会保険診療報酬支払基金または国民健康保険団体連合会(国保連合会)へ提出します。このうち支払基金の場合、審査を経て、医療機関には原則として診療月の翌々月の21日に入金されます(つまり、請求した月から見るとおおむね翌月に入金される計算です)。

 この入金構造は、被災直後には一時的なクッションになります。被災前の診療分の入金は、被災後1〜2か月の間もそのまま入ってくるためです。しかし裏を返せば、被災後に患者数が減った月や休診した月の診療報酬は、約2か月遅れて入金減という形で表れます。直後の預金残高だけを見て安心せず、2か月先にどのくらいの資金の谷が来るのかを見積もっておくことが大切です。

 そこで有効なのが、13週間(約3か月)先までを週単位で見える化する「13週間資金繰り表」です。最低限、次の項目を入れておくと実態がつかみやすくなります。

・被災前の診療分にかかるレセプト入金の予定

・被災後の患者数・診療単価の見込み(自費診療を含む)

・人件費・テナント賃料・機器リース料・借入金の返済・医薬品や診療材料の仕入れ等の支払い

・税金・社会保険料の支払時期

・保険金・税の還付・融資の入金見込み日

 これらを週ごとに並べていくと、「どの週に資金が足りなくなりそうか」が具体的に見えてきます。①の期限延長・納税の猶予や、⑤で見た繰戻し還付は、資金の流出を遅らせたり、既に納めた税金を早期に取り戻したりする効果があります。ただし、これらは万能ではなく、要件を満たしているかどうかで使えるタイミングが変わってきますので、次の章の融資とあわせて、資金繰り表の中に落とし込んで検討するのがおすすめです。


⑦ WAMの災害復旧資金と、運転資金の借り方

 設備・施設の復旧には、独立行政法人福祉医療機構(WAM)の「災害復旧資金」融資が使えます。ただし、この融資は主に建物や医療機器といった施設・設備の復旧を対象にしたもので、給与や賃料、通常の医薬品仕入れといった当面の運転資金までが当然に対象になるわけではありません。運転資金については、取引のある金融機関、日本政策金融公庫、信用保証協会付きの融資、自治体の制度融資など、別の手段で検討する必要があります。

 激甚災害に指定されると、融資条件などに優遇措置が適用される場合があります。令和8年熊本地震については、2026年8月3日付で内閣府が「激甚災害に指定する見込みであり、政令の制定に向けた手続を進める」と公表していますが、本記事の情報基準日時点ではまだ指定そのものは確定していません。優遇措置の具体的な内容は、指定が確定したあとに、対象となる条件とあわせて確認するようにしてください。

 また、既にWAMから融資を受けている場合の返済条件の変更(返済猶予等)についても、自動的に猶予されるわけではなく、個別の相談が必要です。資金繰りに不安がある場合は、早めに窓口へ相談しておくと安心です。



まとめ―相談先と公式情報の確認

 被災した直後は、申告や納税を急ぐよりも先に、人命と診療の継続、そして被害の証拠保全を優先してください。そのうえで、期限延長や納税の猶予、患者対応の特例といった公式な制度を確認し、院長個人の住宅・家財と、医療法人・個人開業の事業用資産を分けて整理します。税の猶予・還付、WAMなどの融資は、それぞれ要件・使えるタイミング・資金の使いみちが異なりますので、約2か月遅れて表れる資金繰りへの影響を見据えながら、組み合わせて活用することが基本です。

 税理士に相談する際は、被害状況の写真、固定資産台帳、罹災証明書、修理・再調達の見積書、保険関係書類、患者対応やレセプトに関する記録などを準備しておくと、相談がスムーズに進みます。制度の詳細や対象地域・期日は、国税庁・厚生労働省・社会保険診療報酬支払基金・WAM・お住まいの自治体など、それぞれの公式な発表で最新の内容を確認してください。


執筆者:税理士 鈴木貴之(東京税理士会 上野支部・登録番号 第147721号)


※本記事は2026年8月4日時点で確認できた情報にもとづいています。令和8年熊本地震に関する制度の適用状況(地域指定の対象地域・期日、特定非常災害への指定、激甚災害の指定確定など)は今後変わる可能性がありますので、適用の判断は必ず税理士にご確認ください。

 
 
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