非上場株式の評価見直しでMS法人の株価は上がる? 相続時精算課税を検討する前に知っておきたいこと
- 8月14日
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更新日:2 時間前
いま国税庁の有識者会議で、非上場の株式(上場していない会社の株)の値段の計算方法を見直す議論が進んでいます。2026年8月20日には、事務局からたたき台となる案が示される予定です。
「うちには関係ない話」と思われるかもしれませんが、クリニックの院長がMS法人(メディカルサービス法人。医療法人の周辺で不動産賃貸や経理・物品調達などを担う会社)の株式を個人で持っているケースでは、この見直しが将来の株価、そして相続税・贈与税の計算に影響する可能性があります。
この記事では、①いま何が起きているのか、②なぜMS法人に関係あるかもしれないのか、③どう備え始めればよいのか、という3点に絞って整理します。なお、本記事は2026年8月14日時点の情報にもとづくもので、見直しの結論はまだ出ていないことにご留意ください。
1. 何が起きているのか——評価方式が変わるかもしれない
非上場株式の評価(相続税や贈与税を計算するときの評価額)には、大きく2つの計算式を使います(例外もありますが、ここでは省略します)。代表的なのが「類似業種比準方式」で、上場している同業他社の株価をもとに、配当・利益・純資産という3つの要素で計算する方式です。もう一つが「純資産価額方式」で、会社が持っている土地・建物・現預金などの資産を、相続税のルールにもとづく評価額に置き換え、そこから負債や一定の法人税額等相当額を差し引いて計算する方式です。
多くの中小企業やMS法人では、前者の類似業種比準方式のほうが、純資産価額方式よりも評価額が低く出る傾向があります。会計検査院による令和2年・3年分の申告事例の検査を受け、国税庁が別途、令和4年・5年分の申告事例について実態把握を行いました。国税庁の分析では、会社ごとの「純資産価額に対する類似業種比準価額」の比率は中央値で0.27倍となり、77.6%の会社が0.5倍未満でした。ただし、これは対象会社全体の統計であり、実際の比率は会社ごとに大きく異なります。この差が構造的に大きすぎるのではないか、という問題意識から、国税庁の有識者会議で評価方法そのものの見直しが検討されているのです。
会議では、この「類似業種比準方式」を残すか・修正するか・やめるか、将来の収益をもとに株価を評価する新しい考え方(DCF法のように、将来のキャッシュ・フローから逆算して価値を算定する方法)を取り入れるか、といった論点が話し合われています。ただし本記事公開時点で、方式を一本化する、類似業種比準方式を廃止するといった結論は出ていません。座長も「現時点で合意はない」とはっきり述べており、事務局も委員の間で認識が共有されているわけではないとしています。
ここで押さえておきたいのは、見直しのリスクの本質は「株価が上がる・下がる」という話そのものではなく、「評価方式が変わるかもしれない」という点です。もし類似業種比準方式が使いにくくなり、純資産価額方式に近い計算になれば、これまで低めに評価できていた会社の株価は、結果として上がる方向に働く可能性があります。決定事項ではありませんが、見直しの必要性という大きな方向はすでに示されており、無視してよい話ではないということです。
2. なぜMS法人の株価に関係するのか
MS法人には法律上の決まった区分はありませんが、実務上は次の3つのタイプに大きく分けられます。以下は、有識者会議で示された論点をMS法人に当てはめた場合に想定される影響であり、MS法人について個別の改正方針が示されたものではありません。
・不動産保有型:クリニックの土地・建物を医療法人に貸しているMS法人。現在、類似業種比準方式や併用方式による評価額が純資産価額を大幅に下回り、かつ、不動産に大きな評価差額がある会社では、評価方式が純資産価額方式に近づいた場合の影響が大きくなる可能性があります。
・業務受託型:医療法人から賃料・機器のリース料・経理事務の委託料などを受け取っているMS法人。有識者会議では、一定の評価圧縮事例への対応として、収益や資産を適正な状態に修正して評価する考え方が示されています。こうした考え方が制度に取り入れられた場合には、贈与直前の一時的な役員報酬の増額や保険契約などが、どのように取り扱われるかが論点となる可能性があります。ただし、具体的な調整項目や計算方法は示されていません。
・グループ型:複数の関連会社を株式で保有しているMS法人。子会社・孫会社を含めたグループ全体の価値を親会社の株価に反映する考え方が検討されており、影響を受ける可能性があります。
いずれのタイプも、現時点で具体的な計算方法が決まっているわけではありません。特に、現在の類似業種比準方式や併用方式による評価額が純資産価額を大幅に下回っているMS法人では、見直しの内容によって評価額が変動する可能性があります。
3. 相続時精算課税で「固定」できるもの・できないもの
見直しへの備えとして名前が挙がるのが、「相続時精算課税」という贈与の制度です。60歳以上の父母・祖父母から、18歳以上の子や孫への贈与に使えるもので、年110万円までは贈与税がかからず、それを超えて累計2,500万円までは特別控除の対象となり、控除後の金額に一律20%の贈与税がかかります。贈与者が亡くなったときには、原則として贈与時の評価額を基礎として相続税を計算します。令和6年1月1日以後の贈与については、各年の贈与時の価額から年110万円の基礎控除額を差し引いた残額が、相続税の課税価格への加算対象になります。
ここでいう「固定」とは、適正に算定した贈与時の税務上の評価額を基礎とする金額が、将来の相続税計算に用いられるという意味です。つまり、贈与した後に実際の株価が上がっても、相続税の計算に使われる金額は、原則として贈与時の評価額を基礎とした金額のまま変わりません。将来、評価方式の見直しで株価が上がる可能性があるなら、見直し前の低い評価額で先に贈与しておくことは、この意味で有利に働く場合があります。
一方で見落とされがちなのが、逆のケースです。贈与後に通常の業績悪化や契約終了などによって株価が下落しても、それを理由として、相続時の低い株価に自動的に評価し直される仕組みではありません。値上がりには連動して有利になる一方、値下がりには自動的に連動しない、という非対称な制度であることは知っておく必要があります。また、相続時精算課税を一度選択すると、その贈与者からの贈与については、後から暦年課税へ戻すことができません。この点だけでも、選ぶ前に一度は専門家の目を通しておきたいところです。
4. まずは二つの評価額を比べてみる
見直しの内容も時期もまだ正式に決まっていない以上、いま慌てて贈与を決める段階ではありません。こうした見直しは、方針の大枠を固め、パブリックコメントなどの手続を経て通達改正に至るのが通常です。早くても令和8年(2026年)に方針の大枠が固まり、令和9年度のパブリックコメントや通達改正を経て、実際に適用されるのは令和10年(2028年)以降になるのではないか、というのが現時点での見立てです(確定した予定ではありません)。いずれにせよ、株価の算定や家族間の話し合いにも相応の時間がかかりますから、今のうちに現状を把握しておくことには意味があります。
そこでまずおすすめしたいのが、次の二つの評価額を並べて比べてみることです。
① 今の類似業種比準方式(会社によっては純資産価額との併用方式)で計算した評価額
② 純資産価額方式で計算した評価額
この二つは、どちらも現行制度にもとづいて今すぐ計算できる金額です。多くのMS法人では①のほうが②より低く出ますが、その差が大きい会社ほど、仮に見直しで評価が純資産価額の方向へ動いた場合の影響も大きくなります。
イメージをつかんでいただくために、あくまで仮の数値例を示します。実際の評価額は会社ごとにまったく異なります。
項目 | 金額(単位:千円) |
現行の類似業種比準方式等による評価額 | 50,000 |
純資産価額方式による評価額 | 100,000 |
※純資産価額は、会社の状況によっては実際の申告に用いる評価額にもなります。ここでは、見直しで評価が上振れした場合の一つの目安として並べています。すべての会社が純資産価額方式で評価されると決まったわけではありません。
この例では二つの評価額の間に50,000千円の差がありますが、この差額がそのまま「贈与しておけば得をした金額」になるわけではありません。次の章で見るとおり、贈与の有利・不利は評価額の差だけでは決まらないためです。
5. 評価額の差だけで判断をしない
評価額に差があっても、贈与の損得はそれだけでは決まりません。次のような点も合わせて見る必要があります。
・贈与税がいくらかかり、その納税資金を用意できるか
・相続財産全体の中でこの株式が占める割合、他の相続人との公平性・遺留分の調整
・誰に贈与するか(後継者が決まっているか、引き継ぐ意思・能力があるか)
・株式を渡すことで、議決権や役員体制を通じて経営にどう影響するか
もう一つ見落とされやすいのが、非上場株式の評価は「誰が取得するか」によっても変わる点です。院長ご自身について計算した株価を、そのまま子や孫の贈与税の評価額に使えるとは限りません。また、株式を渡しても、MS法人の代表取締役や医療法人の理事長という地位が当然に移るわけではありません。
ここから先実際にいくらの評価額になるのか、贈与するとどれだけの税負担になるのか、どのタイミングで誰に贈与するのが妥当か、といった具体的な数字と判断は、会社ごとの決算内容や株主構成を見ないと出せません。この部分こそ、税理士に相談・確認すべき論点です。
まとめ
非上場株式の評価方式の見直しは、まだ結論が出ていません。ただし、評価方式間の大きな乖離や、会社規模による相対的不公平などが問題視されています。見直しの内容によっては、現在の評価額が純資産価額を大幅に下回る会社で評価額が上がる可能性もあるため、MS法人株式を個人で持つ院長にとっても無関係とはいえません。
一律に「今すぐ贈与すべき」ということはありませんが、現行の評価額と純資産価額を比較して、自社の株価が見直しでどの程度動きうるのかを早めに把握しておくことには意味があります。
有利・不利の最終判断や具体的な評価額の算定は、会社ごとの評価を出して税理士と一緒に見ないと分かりません。気になる点があれば、早めに専門家に相談されることをおすすめします。
執筆者:税理士 鈴木貴之(東京税理士会 上野支部・登録番号 第147721号)
本記事は2026年8月14日時点で公表されている国税庁の有識者会議資料等にもとづく一般的な情報提供を目的としたものです。評価方式の一本化、類似業種比準方式の廃止、新たな算式、施行時期、経過措置の有無・内容は、いずれも未定です。MS法人株式の評価や贈与の有利・不利は、会社の資産構成・収益状況、株主構成、医療法人との取引内容、受贈者の状況、後継者の状況、相続人の構成などによって個社ごとに異なります。実行にあたっては、税理士等による個別の株価算定と税額シミュレーションが必要です。
参考
国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」開催状況:https://www.nta.go.jp/about/council/kenkyu.htm#nai-hyoka
No.4103 相続時精算課税の選択:https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4103.htm


