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クリニックの開業資金、いくら借りていい? ― 開業3〜5年の資金計画と「許容できる赤字幅」で考える

  • 7月31日
  • 読了時間: 13分

更新日:2 時間前

 「開業資金って、結局いくら借りていいんですか?」開業を考え始めた勤務医の先生から、よくいただく質問です。

 金融機関から「借りられる金額」と、開業後に無理なく返せる金額は必ずしも一致しません。また、開業直後から計画どおりに患者数が集まるとは限りません。この記事では、開業資金の内訳と自己資金の考え方を整理したうえで、借入額を「返せるか」だけでなく「開業初期の資金の落ち込みを手元資金で越えられるか」という視点で考えます。融資の申込み方法や書類の書き方には触れず、開業を考え始めた段階で押さえておきたいお金の見方に絞ります。

この記事のポイント ● 開業資金は費目を積み上げて考える。 ● 統計の平均は既存クリニック全体の姿。開業後の目標水準の参考にはなるが、開業初期はそこに届かないことがある ● 借入額は「借りられるか」ではなく「返しながら耐えられるか」で決める。どこまでの赤字なら手元資金で耐えられるか(許容できる赤字幅)を3〜5年スパンの事業計画で先に数字にする

開業資金には何が含まれるか

 クリニックの開業資金は、診療科・立地・戸建てかテナントかによって大きく変わります。内視鏡や画像診断設備の有無だけでも、総額は数千万円規模で変わってきます。まずは「何にお金がかかるか」を費目で押さえるところからです。

費目

見るときのポイント

物件取得費・保証金・仲介料

テナントの保証金、または戸建ての土地・建物。立地で大きく動く初期の固定支出

設計・内装工事費

診療科・面積で変動。工事の追加が発生しやすい費目

医療機器

診療科・機器構成で最も差が出る。内視鏡・画像診断があると総額が跳ね上がる

電子カルテ・レセコン・予約システム

買取かリースかで扱いが変わる。リースなら毎月の固定費になる

家具・備品・医薬品・材料

開業時の初期在庫。医薬品費や診療材料費は、診療科や院内処方・院外処方の違いによって大きく変わる

採用費・広告費・内覧会費用

見落とされやすく、開業前後にまとまって出る

専門家報酬・各種届出費用

税理士・社労士・行政書士などへの報酬や、届出関連の費用

開業後の運転資金

軌道に乗るまでの赤字期を支える資金。ここが最も重要

追加工事・開業遅延に備える予備費

想定外に備える。削ると開業直後に資金がショートしやすい

 総額は費目の積み上げで決まります。「開業資金はいくら」という一律の相場を先に置くのではなく、この費目ごとに見積もりを積み上げていくのが第一歩です。診療科によっては、積み上げた総額が1億円規模になることも珍しくありませんが、これは統計的な数字ではなく、あくまで実務上の目安です。


自己資金はどう考えるべきか

 自己資金の割合は、一律に何%以上必要と決められているものではありません。参考までに、日本政策金融公庫の「創業の手引」(2026年版)では、同公庫が融資した全業種の新規開業企業について、調達総額に占める自己資金の割合は平均22.9%とされています。ただし、これはクリニック限定の数字でも、融資を受けるための最低条件でもありません。実際の審査では、自己資金の金額だけでなく、その蓄積過程、投資内容、事業計画、返済余力、開業後に残る手元資金などを含めて個別に判断されます。

 考え方としては、お金を役割で分けて捉えます。開業事業に投入する「自己資金」、開業後の事業上の支払いに使う「運転資金」、院長世帯の生活を維持する「生活防衛資金」、想定外の事業支出や収支悪化に備えて残す「予備資金」は、それぞれ役割が違います。とくに、設備や内装に投入した自己資金は開業後の資金不足には戻せないため、融資申込み上の自己資金と、開業後も手元へ残す現預金(生活防衛資金・予備資金)を、同じ財布として扱わないことが大切です。保有する金融資産を、事業に投入する分と、開業後に手元へ残す分に分けて計画することをおすすめします。


既存クリニックの平均を「目標水準の参考」として知る

 借入額を考える前に、クリニックの収支がどのくらいの規模になり得るのかを知っておくと判断の土台になります。第25回医療経済実態調査(令和7年実施)で示された、その前年(度)の個人立・入院診療収益なし(無床)の一般診療所について、1施設あたりの平均は、おおよそ次のとおりです。

項目

1施設あたり平均(年間)

医業収益+介護収益

約91,000千円

医業・介護費用

約64,400千円(うち減価償却費 約4,500千円)

損益差額(税引前。院長報酬に相当する部分や設備更新等の内部資金を含む)

約26,300千円(収益の約29%)

 これは既存の個人立・無床診療所の平均です。開業後の目標水準を考える際の参考として使いますが、開業年数や診療科、立地などによって実際の収支は大きく異なります。

 注意したいのは、損益差額がそのまま院長の可処分所得(手取り)になるわけではないことです。損益差額は税引前の金額で、ここから院長本人の税金・社会保険料を支払い、さらに設備の更新や将来の投資に備える内部資金も残していく必要があります。「損益差額=院長が自由に使えるお金」ではありません。そして、開業初日からこの水準になるわけでもない、という点が次の話につながります。


開業初期は計画水準に届かないことがある ― 許容できる赤字幅を3〜5年計画で決める

 開業直後は、患者数が計画水準に届かず、赤字となる月や期間が生じることがあります。認知が広がり、紹介が回り始めるまでには時間がかかり、初期の売上が先ほどの平均を下回ることは珍しくありません。

 ここで危険なのが、「開業してしばらくは赤字でも、いつか黒字になるから大丈夫」という捉え方です。問題は赤字そのものではなく、その赤字を手元資金で最後まで支えきれるかです。支えきれずに資金がショートすれば、黒字化を待たずに立ち行かなくなります。

 そこで必要になるのが、「どこまでの赤字なら手元資金で耐えられるか」という許容できる赤字幅の考え方です。感覚で「なんとかなる」と捉えるのではなく、次のように数字にします。

・開業から毎月の収支がどう動くかを見積もり、手元資金がいつ、いくらまで減るか(底)を把握する

・3〜5年スパンで、いつ頃、目標水準(既存クリニックの平均並みの収支)に近づくのかを事業計画に描く

・その間の累積の資金不足を、開業時点で手元に残る現預金、運転資金の借入、生活防衛資金・予備資金でまかなえるかを確認する

・目指したいクリニック像をおおまかに描いておくと、将来の設備投資などの資金需要も見通しやすくなる


 「大赤字になるかもしれない」という不安と、「開業◯か月後に手元資金が◯◯千円まで減るが、そこから回復する」という計画は、まったくの別物です。許容できる赤字幅を先に数字で決めておくことが、借入額と運転資金を考える出発点になります。


返済シミュレーション ― モデルケースで資金繰りを見る

 ここで、個人で開業する診療所を前提としたシミュレーションをしてみます。

 公庫の金利は、公庫の金利情報によると、2026年7月1日現在、税務申告を2期終えていない方向けの無担保融資で年3.45〜5.15%が基準利率です。一方、新たに事業を始める方または税務申告を2期終えていない方は、創業融資のご案内により、原則として利率が0.65%、雇用の拡大を図る場合は0.9%引き下げられ、原則として無担保・無保証人で利用できると案内されています。ここでは、金利上昇や個別条件も考慮した保守的な例として年4%で試算します。

 借入を、設備資金50,000千円(年利4%・返済期間20年・元利均等・据置期間なし)運転資金10,000千円(年利4%・返済期間10年・元利均等・据置期間なし)に分けると、年間の元利返済額はあわせておよそ4,851千円です(設備資金分が月約303千円・年約3,636千円、運転資金分が月約101千円・年約1,215千円)。金利4%は例示で、実際の利率は審査で決まります。なお、設備資金20年・運転資金10年は制度上の最長期間であり、すべての案件で最長期間が認められるわけではありません。据置期間を設けた場合は、返済開始時期や毎月の返済額が変わります。

 この返済額を前提に、既存クリニックの平均を参考にしたモデルと、売上がその約6割にとどまったストレスケースを比較します(単位:千円。平均的な結果を予測するものではなく、借入額を検討するためのモデルケースです)。

項目

既存クリニックの平均を参考にしたモデル

売上が約6割にとどまるストレスケース

年間売上

91,000

55,000

事業上の現金支出(下記の注記を除くモデル上の仮定)

60,000

50,000

返済前キャッシュフロー

31,000

5,000

年間の元利返済額

4,851

4,851

税金・社会保険料(院長本人・概算)

11,000

4,000

院長世帯の生活費(月75万円と仮定)

9,000

9,000

返済後に手元に残る現金

+6,149

▲12,851

※この表は資金繰りを見るための簡易モデルです。金額、とくに「事業上の現金支出」は、医療経済実態調査の平均から機械的に計算した数字ではなく、説明のために置いた仮定です。個別の数字は、ぜひ当事務所にご相談ください。


 今回の試算の場合、クリニック平均の収支が得られるなら年6,149千円が手元に残りますが、ストレスケースでは年12,851千円のマイナスになり得ます。ストレスケースで事業上の現金支出が60,000千円から50,000千円までしか下がらないのは、家賃や人件費など固定費の性質を持つ支出が売上ほど減らないためです。この「1年あたり10,000千円を超えるマイナスが、目標水準に近づくまで何年続くか」を積み上げた金額こそ、手元資金で支えるべき許容できる赤字幅です。これはあくまでモデル例であり、実際の数字は診療科・立地・事業計画によって変わります。

 そして重要なのが、このモデルでは、運転資金借入10,000千円だけでは、ストレスケース1年間の資金不足12,851千円を賄えない(約2,851千円の不足)という点です。事業に投入せず手元に残す予備資金を組み合わせるか、運転資金額・設備投資額・借入構成そのものを再検討する必要があります。まさにこれが、この記事の結論である「借りられる金額ではなく、返しながら耐えられる金額で判断する」という考え方につながります。

なお、所得税・住民税・予定納税・個人事業税・社会保険料・労働保険料などは、年間を通じて均等に支払うとは限りません。年間の収支がプラスでも、これらの支払時期が集中すると、一時的に資金が不足することがあります。最終的には年次の試算だけでなく、月次の資金繰り表で確認することをおすすめします。


「借りなさすぎ」のリスクにも注意

 借入を必要以上に増やしたくない、という気持ちは自然ですが、運転資金を絞りすぎるのも危険です。

 保険診療の売上は、原則として診療した月の翌々月に入金されます。一方で、家賃やリース料に加え、スタッフを開業前に雇い入れる場合は、研修・開業準備期間から給与が発生します。また、加入要件に応じて、健康保険・厚生年金保険の事業主負担や、労災保険・雇用保険などの法定福利費も生じます。患者数の立ち上がりが遅れたり、採用費や工事の追加費用が出たりすると、この入金までのタイムラグの間に手元資金が不足しかねません。

設備資金だけを厚く見積もって運転資金や予備資金を薄くすると、開業後の資金繰りがかえって厳しくなります。設備資金とは別に、資金の落ち込む時期を支える運転資金と、不測の事態に備える予備資金を確保しておくことが必要です。


借入額は「返せるか」と「赤字期を越えられるか」で決める

 借入額の上限を考えるとき、「債務償還年数(借入総額 ÷(経常利益+減価償却費 − 税金))」という指標が参考にされることがあります。ただし、開業前のクリニックにこの指標だけを一律に当てはめるのは十分ではありません。

 個人開業では院長の生活費は事業の必要経費にならないため、計算上の利益から生活費や税金・社会保険料を別途差し引いて返済余力を確認する必要があります。一方、医療法人では院長への役員報酬が法人の費用に含まれるため、両者を単純には比較できません。さらに、債務償還年数は金融機関によって分子・分母の調整方法が異なることもあります。

 債務償還年数は参考指標の一つにとどめ、実際の判断は、これまで見てきた「平均並みの収支での返済余力」と「開業初期の落ち込みを手元資金で支えられるか」の両面で確認することをおすすめします。


融資ルートの選び方

 開業資金の融資ルートには、いくつかの選択肢があります。

 日本政策金融公庫「新規開業・スタートアップ支援資金」は、開業医の資金調達で軸になる制度の一つです。融資限度額は72,000千円で、返済期間は設備資金20年以内・運転資金10年以内、据置期間はいずれも5年以内です。開業前や税務申告を2期終えていない方は、創業融資のご案内により、原則として無担保・無保証人で利用でき、利率も原則0.65%(雇用の拡大を図る場合は0.9%)引き下げられると案内されています(基準利率は2026年7月1日現在、税務申告を2期終えていない方向けの無担保融資で年3.45〜5.15%)。ただし、審査結果によっては希望どおりにならない場合もあり、実際の適用利率・担保・保証人の扱いは、資金使途・返済期間・審査結果・特例制度の適用状況によって異なります。実際の条件は申込み時の相談で確認する必要があります。

 民間銀行を組み合わせる形(協調融資)も選択肢の一つです。必ずしも有利になるとは限らず、借入額や金融機関の方針によって使われるかどうかが変わります。開業地の地銀・信用金庫や、取引実績のある金融機関に相談してみるとよいでしょう。

 医師会の提携ローンや、自治体の制度融資(信用保証協会付き)も検討の対象になります。地域によって条件が異なるため、開業予定地の情報を早めに集めておくと安心です。

 独立行政法人福祉医療機構(WAM)は、長期・固定・低利という特長があり、医師個人が開設する一般診療所も融資の対象です。ただし一般の診療所では、受託金融機関を通じた代理貸付という形になる場合が多く、対象となる資金の範囲・融資率・担保などに条件があります。条件が合えば、個人開業でも検討できる制度の一つとして押さえておくとよいでしょう。



まとめ

 開業資金の借入額は、「自己資金の割合」や「債務償還年数」といった単一の指標だけで決めるものではありません。統計に出てくる平均は既存クリニック全体の姿であり、開業後の目標水準の参考にはなりますが、開業初期はそこに届かないことがあります。だからこそ、開業費用の内訳を積み上げ、平均並みの収支での返済余力と、開業初期にどこまでの赤字なら手元資金で耐えられるか(許容できる赤字幅)を、3〜5年スパンの事業計画でセットにして考えることが大切です。

 大事なのは、「借りられる金額」ではなく「返しながら耐えられる金額」で判断することです。具体的な数字は開業予定地・診療科・想定する患者数によって変わります。事業計画を立てる段階で一度、この落ち込む時期まで含めた資金繰りを、月次ベースで個別にシミュレーションしておくと安心です。


執筆者:税理士 鈴木貴之(東京税理士会 上野支部・登録番号 第147721号)


※本記事は2026年7月時点の情報です。試算はモデルケースであり、実際の金額は診療科・立地・事業計画により異なります。金額は千円単位で表記しています。


出典

創業の手引(2026年版)|日本政策金融公庫(自己資金22.9%=本文27ページ・2025年度新規開業実態調査)

金利情報|日本政策金融公庫(2026年7月1日現在)

創業融資のご案内|日本政策金融公庫(原則無担保・無保証人/利率0.65%・雇用拡大0.9%引下げ)

労働保険とは|厚生労働省(労災保険+雇用保険の総称・労働者1人でも加入義務)

 
 
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