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クリニックの医療法人化、デメリットは? お金と財産の自由度から考える

9月25日
読了時間: 12分

 顧問税理士から医療法人化を勧められたものの、話の中心はいつも節税額の比較表で、デメリットの説明は「手続きが少し増えます」程度で終わった——そんな経験はないでしょうか。法人化は、いったん進めると後戻りが簡単ではない意思決定です。

この記事のポイント ● 医療法人化のデメリットは「税金が増える」ことではなく、お金と財産の自由度が下がることです。 ● 開業時の運転資金の借入は法人へ引き継げないのが原則です。返済計画は法人化の前に作ります。 ● 決算の公開や交際費の枠など、法人化して初めて効いてくる制約があります。

 まず、法人化で新たに生じる制約を一覧にしておきます。

① 院長個人のお金

項目

内容

可処分所得

利益がそのまま手元に来ない。生活資金は役員報酬と退職金が中心になる

資金の引き出し

役員貸付金は原則NG。配当類似行為とみなされるリスク

個人に残る借入

運転資金の借入は設立時の債務引継ぎの対象外。返済計画が必要

役員報酬の変更

期中の増減は定期同額給与から外れ、損金にならない部分が生じ得る

小規模企業共済

医療法人の役員では継続できない。廃業を事由とする共済金Aの請求になる

国民年金基金

第1号被保険者でなくなり加入員資格を喪失。掛金は返らず将来の年金として支給される

② 税務とコスト

項目

内容

社会保険

厚生年金は原則加入で事業主負担が発生。医師国保の継続は14日以内の承認申請が要件

資産の移転

売買で移すなら譲渡所得・消費税の対象になり得る

事業税

個人にあった事業主控除(年290万円)がなくなる

地方税

赤字でも法人住民税の均等割がかかる

交際費

持分なし法人は純資産水準次第で年800万円の定額控除が使えなくなる

運営コスト

顧問料、決算届の作成、資産の総額・理事長の変更登記など、毎年の実費が増える

③ 運営と手続き

項目

内容

設立の費用と手間

認可申請は東京都で年2回・認可まで数か月。設立手続の費用もかかる

議決権

社員は拠出額にかかわらず1人1票(医療法46条の3の3)

業務範囲

本来業務と医療法42条の附帯業務以外は行えない

行政の関与

都道府県への届出、指導・立入検査の対象になる

決算の公開

事業報告書は届出後に閲覧可能。オンラインで誰でも財務内容を見られる

④ やめるとき

項目

内容

解散・後戻り

社員総会決議等による解散は知事の認可制。個人事業へ簡単には戻せない

残余財産

持分なし法人の残余財産は国等へ帰属となる(ただし、一般的には退職金で清算できる)

※認可・届出・閲覧の具体的な運用は都道府県ごとに異なります。以下は東京都の例です。


① 法人の利益は、院長の財布のお金ではなくなる

 医療法人は剰余金の配当が医療法54条で禁止されています。個人事業なら利益が出た分だけ生活口座に移せますが、法人化すると財布は別になるので、それができません。院長個人の生活資金を確保する中心の手段は、職務の対価として適正な役員報酬と、要件を満たす退職金になります。実費の精算や適正な契約に基づく賃料まで禁止されるわけではありませんが、利益が出たからといって自由に引き出すことはできません。「節税額」と「手取り」は別物だと、まずここで押さえておいてください。なお、多く拠出したから決定権も大きい、という設計にもできません。社団医療法人の社員は、拠出した額にかかわらず1人1票です(医療法46条の3の3)。社員の構成には一段の注意が必要になります。

 法人の口座から理事長個人へお金を貸す役員貸付金も、原則として認められません。無利息・低利であれば給与として課税されますし、医療法人では配当類似行為とみなされて指摘を受けることもあります。法人化のあとに個人の生活費や私的な支出を法人の口座から払うと、役員貸付金として残るおそれがあります。法人と個人の口座を分け、生活費は役員報酬の範囲で管理してください。

 役員報酬も、期中に自由に増減できるわけではありません。事業年度開始から3か月を過ぎたあとの増額・減額は定期同額給与に当たらず、法人税の計算上、損金に算入できない部分が生じ得ます(臨時改定事由・業績悪化改定事由などの例外はあります)。制約がかかるのは支払いそのものではなく、損金にできる範囲です。決め方も、定款と機関設計に従って社員総会等で報酬の総額を定め、必要に応じて理事会で個人別の額を決めて、議事録を残すという手順になります。院長の一存で決めていた個人事業とは進め方が変わります。


② 個人に残る借入の返済計画を、法人化の前に作る

 法人へ引き継げる負債は、拠出(寄附)財産の取得に係るものに限られます。東京都の設立の手引でも、拠出と債務引継ぎを同時に行うこと、契約書・領収書等の根拠資料が必要なことが示されています。つまり、開業時に借りた運転資金の借入は、設立時の債務引継ぎの承認の対象外になるのが原則です。債務引受には金融機関の承諾も必要になります。

 では返済の原資をどう見るか。考え方はこの式に集約されます。

役員報酬の手取り(所得税・住民税・社会保険料を引いた後)-年間の元利返済額 =生活に回せるお金

 実務では役員報酬の手取りが主な返済原資になる例が多いのですが、それだけとは限りません。個人に残る預金や、法人への資産譲渡の代金も原資になります。金融機関が認めるなら、個人側での借換えや返済条件の変更もあり得ます。借主・資金使途・債務者の変更はいずれも個別の審査になりますので、法人化の前に金融機関と話しておいてください。なお、医療法人が新たに借りたお金を院長個人の返済に回す形は、役員貸付金や利益供与の問題になるため取れません。役員報酬は期中に自由に動かせませんから、返済額が決まっているなら、報酬の水準もそこから逆算することになります。

 社会保険も変わります。医療法人は社会保険の適用事業所で、被保険者となる要件を満たす役員・職員は厚生年金に原則加入します。個人診療所で常時5人未満なら国民健康保険・国民年金だった分が、法人化で事業主負担として新たに発生します。健康保険については、一定の要件を満たし、事実の発生日から14日以内に「健康保険被保険者適用除外承認申請」を提出して承認を受ければ、医師国保を継続できる場合があります。自由に選べる制度ではなく、期限内の手続と医師国保組合側の資格要件の確認が前提です。すでに医師国保に加入している院長が法人化のタイミングで継続する場合の話で、未加入の方が法人化を機に新たに加入できるという意味ではありません。

 小規模企業共済も整理が必要です。医療法人の役員という地位では加入資格がないため、契約をそのまま継続することはできません。ただし、クリニック事業の全部を法人へ移して個人事業を廃止し、医療法人の役員になる通常のケースでは、個人事業の廃業を事由とする共済金Aの請求対象になります。受取額・受取方法・課税区分(一括受取りは退職所得の扱い)は加入期間や請求方法によって変わりますので、法人化の前に中小機構の共済金の区分をご確認ください。共済の出口設計そのものは「小規模企業共済・経営セーフティ共済は医療法人で使える?」で詳しく扱っています。

 医療機器・内装を法人へ移す場合(ここでは売買を想定します)は、個人側に譲渡所得が出れば所得税がかかり、個人が課税事業者であれば建物・機器の売却は消費税の課税売上になります(土地は非課税)。移転の方法には売買のほかに基金拠出・寄附・賃貸もあり、方法によって評価額や法人側の取得価額、消費税の扱いが変わりますので、どの方法で移すかは個別に確認してください。なお法人側では、課税資産の取得に係る消費税を仕入税額控除できず、コストとして残る場合があります。これは売り手側の納税とは別の論点で、「クリニックの設備投資 税抜経理と税込経理どちらを選択するか」で扱っています。


③ 手続きの論点、出口の論点

 医療法人になると、事業報告書等を毎会計年度終了後3か月以内に都道府県知事へ届け出る義務が生じます(医療法52条)。この届出は提出して終わりではなく、届出後は閲覧に供されます。従来は窓口までいかないと見れないものでしたが、近年はオンラインでの取得が容易になったことから、誰でも簡単に法人の財務内容が見れてしまうというデメリットがあります。

 このほか、毎年の資産の総額の変更登記(前期と同額なら不要)、理事長の任期満了・重任のたびの変更登記、理事・監事を含む役員の変更についての都道府県への届出、都道府県による指導・立入検査など、個人事業にはなかった手間が積み重なります。役員の任期は2年を超えることができず、理事3人以上・監事1人以上が原則です(一人医師医療法人などは知事の認可を受けて理事1人または2人とすることもできます)。設立認可の申請自体も東京都では年2回の受付で、認可まで数か月かかります。お金の面でも、赤字でも法人住民税の均等割がかかり、決算・登記・社会保険・行政届出の外注費が増えます(金額は所在地、資本金等の区分、従業者数によります)。個人のときにあった事業税の事業主控除(年290万円)もなくなります。

 交際費にも注意が必要です。2007年4月以降に設立される医療法人はすべて持分なしです。出資金の額がない法人は、期末総資産から期末負債と当期純利益を引いた金額の60%を、交際費の判定上、資本金の額または出資金の額に準ずる額として判定し、これが1億円を超えると年800万円の交際費の定額控除限度額が使えなくなります。逆算すると、当期純利益を除いた純資産がおおむね1.67億円を超えたあたりが分岐点です(単純化した目安で、実際は欠損や評価換算差額等を含む別表の計算で確認します)。持分ありの医療法人であれば出資金の額(通常は少額)で判定するため、この800万円枠は残ります。同じ医療法人でも、持分の有無で結論が変わります。なお800万円の枠が使えない場合でも、社外の人との接待飲食費の50%相当額を損金算入する方法があります。中小法人はこの二つのいずれかを事業年度ごとに選択するもので、併用はできません。この特例は令和6年度税制改正で3年延長され、令和9年3月31日までに開始する事業年度が現行の適用期限です(2026年9月23日現在)。

 医療法人には、本来業務と医療法42条の附帯業務以外は行えないという制限もあります。サプリメントや化粧品、眼鏡・コンタクトレンズ、歯ブラシといった物品の販売は、患者に対して提供する範囲であれば行えます。一方で、資産管理を目的とする独立した収益事業として不動産賃貸業を営むことはできないため、資産管理会社の代わりにはなりません。

 やめるときも簡単ではありません。社員総会の決議による解散や、目的たる業務の成功の不能による解散には、医療審議会の意見を聴いたうえで都道府県知事の認可が必要です(すべての解散事由が認可制というわけではありません)。そして持分なし医療法人の残余財産は、国・地方公共団体・医療法人等に帰属し、拠出割合に応じて分配を受けることはできません。清算の前に適正な役員報酬や退職金を受け取ることが否定されるわけではありませんが、だからこそ法人化の前から、役員報酬・退職金・設備投資・承継の方針を長期で設計しておく必要があります。



まとめ

 法人化するかどうかは、節税額の大小ではなく、ここに挙げた制約を受け入れられるかどうかで決まります。借入残高・退職金の準備状況・将来の資産承継を並べたうえで、タイミングを検討することをおすすめします。法人化そのものの是非とタイミングの総論は「クリニックは最初から医療法人で開業できる?」で扱っています。税率差だけを見た目安の金額ではなく、手取り・借入の返済・承継まで並べた個別の試算は、ハナメディカル会計事務所の医療法人設立支援ページで承っています。


よくある質問

Q. 医療法人化すると、利益を自由に個人へ移せなくなりますか?

A. 剰余金を配当することはできません(医療法54条)。院長の生活資金を確保する中心の手段は、職務の対価として適正な役員報酬と、要件を満たす退職金になります。実費の精算や法人が負う債務の返済、適正な契約に基づく賃料まで禁止されるわけではありません。

Q. 医療法人は健康保険に必ず加入しなければなりませんか?

A. 被保険者となる要件を満たす役員・職員は厚生年金に原則加入します。健康保険については、一定の要件を満たし、事実の発生日から14日以内に「健康保険被保険者適用除外承認申請」を提出して承認を受ければ、医師国保を継続できる場合があります。自由な選択ではなく、期限内の手続と医師国保組合側の資格要件の確認が前提です。

Q. 医療法人化すると交際費は使えなくなりますか?

A. 全額が損金不算入になるわけではありません。中小法人は、年800万円の定額控除と、社外の人との接待飲食費の50%相当額の損金算入のいずれかを事業年度ごとに選択します(併用はできません)。ただし持分なし医療法人は、当期純利益を除いた純資産がおおむね1.67億円(単純化した目安)を超えると、800万円の定額控除枠が使えなくなります。


執筆者:税理士 鈴木貴之(東京税理士会 上野支部・登録番号 第147721号)

※本記事は2026年9月23日時点の情報です。認可・届出・閲覧の運用は東京都の例であり、都道府県によって異なります。制度・税務の詳細は厚生労働省・国税庁の公表情報、都道府県、および顧問税理士にご確認ください。


参考文献


 
 
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