クリニックの窓口未収金、いつ損金にできるのか
「時効になった窓口未収金は、貸倒にしていいですか」。院長からよくいただく質問です。答えは、時効が来ただけでは落とせません。貸倒損失にできるかどうかは、法人税基本通達9-6-1から9-6-3の枠組みに当てはまるか、その証拠が残っているかで判断します。
この記事のポイント ● 時効が来ても債権は消えません。患者が援用しない限り残るので、「時効だから貸倒」とはできません ● 税務上、貸倒が認められるかは法人税基本通達9-6-1から9-6-3で確認します ● 所在不明や死亡は回収可能性を見直すきっかけですが、それ自体は貸倒要件ではありません。督促や所在調査の記録が判断を支えます
① 時効の考え方
診療費の債権は、権利を行使できることを知った時から5年で時効消滅します(民法166条1項1号)。なお、2020年4月1日より前に生じた債権は改正前の民法が適用され、3年です。
ただし、期間が過ぎても債権が消えるわけではありません。時効は当事者が援用しなければ裁判所がこれによって裁判をすることができない(同145条)とされており、患者が援用しない限り債権は残ります。「3年(5年)たったから貸倒にする」という処理は、税務上は通りません。
電話や請求書の送付は催告にとどまり、時効の完成を6か月猶予するだけです(同150条)。催告を繰り返しても猶予期間は延びません。時効を更新するには、患者による債務の承認(同152条)や、訴訟・支払督促等の手続が必要です(同147条)。ただし、これは回収と時効管理の問題であり、貸倒損失の要件とは別です。患者から実際に時効援用があった場合は、その記録を残して税務処理を個別に確認します。
② 貸倒とする場合の要件(原則)
貸倒の基準は、法人税基本通達(国税庁「法人税基本通達 第1款 金銭債権の貸倒れ」)に定めがあります。税務上の判断枠組みは9-6-1から9-6-3で、本稿では窓口未収金で検討することの多い次の4つを中心に説明します。
● 9-6-1(4) 書面による債務免除。 債務超過の状態が相当期間継続し、その債権の弁済を受けることができないと認められる場合に、患者へ書面で債務免除額を明らかにしたときが対象です。内容証明郵便は、通知の内容と発送・到達を証拠に残す方法として用いられます。転居等で通知が返戻された場合は、債務免除が成立したとは扱いません。ただし、特定記録などを付けて送っても返戻された、という事実は、回収できないことを示す材料になります。返戻された書面は必ず保存することが重要です。
● 9-6-2 全額回収不能が明らかである。 資産状況・支払能力等からみて全額が回収できないことが明らかになった場合です。連絡が取れない、督促に応じない、金額が小さいという事情だけでは足りません。所在や資力の調査結果、破産手続、強制執行の結果などの客観的な資料で判断します。担保があるときは処分した後です。
● 9-6-3(1) 売掛債権の特例。取引停止から1年経過した場合。 継続的な取引を行っていた債務者の資産状況・支払能力等が悪化したため、その債務者との取引を停止した場合において、その取引停止の時と最後の弁済の時などのうち最も遅い時から1年以上経過した場合です。患者が来院しなくなっただけで取引の停止といえるかは、個別に見ることになります。継続取引が原則となるため、継続的に通院していない外来の患者や、救急患者の未収入金にこのルートを使うのは難しいと考えています。
● 9-6-3(2) 少額債権と督促。 同一地域の債務者について有する売掛債権の総額が、その取立てに要する旅費その他の費用に満たない場合に、督促しても弁済がないときです。
ルート | 処理できる時期 | 帳簿の扱い |
|---|---|---|
9-6-1(4) | 書面による債務免除が成立した事業年度 | 損金経理を求められない |
9-6-2 | 回収不能が明らかになった事業年度 | 損金経理が要件 |
9-6-3(1)(2) | 要件を満たし帳簿で処理した事業年度 | 損金経理が要件。患者ごとに備忘価額(通常1円)を残す |
③ 実務的な対応――判断を支える記録を残す
過去の分が整理できていない、という相談は多いです。実務では、患者の所在が分からない、亡くなって相続人からも回収できないといったものから順に落としていくことになります。回収不能を完璧に立証するのは労力もかかるため、説明できる材料をそろえたうえでどこまで損金で落とすかという判断をします。
亡くなっても債権は相続人に引き継がれます(e-Gov法令検索「民法」896条)。ただし、相続人の範囲や資力まで調べるのは金額に見合う場合だけです。外来の数千円のために戸籍を取り寄せるのは費用倒れですから、少額のものは9-6-3(2)で落とします。取りに行くほうが高くつく債権のための規定です。相続人や資力まで確認して9-6-2で組み立てるのは、入院費のようにまとまった金額のものに絞ります。
どのルートでも効いてくるのは記録です。窓口での声かけ、電話、はがき・封書、必要に応じて内容証明と段階を決め、いつ・誰が・どの方法で督促し、どう返ってきたかを残します。所在調査の結果や返戻封筒も同じです。各ルートの通達要件を確認せず、回収の経緯も整理しないまま一律に処理するのは、否認リスクが高くなります。
まとめ
時効が来ただけでは落とせません。税務上貸倒を計上するためには、要件を満たすことが原則となります。決算前に、未収金の一覧と督促の記録を顧問税理士と突き合わせておいてください。
執筆者:税理士 鈴木貴之(東京税理士会 上野支部・登録番号 第147721号)
※本記事は2026年9月時点の情報です。貸倒処理の可否は個別の債権の状況により判断が異なりますので、実際の処理にあたっては顧問税理士にご確認ください。


