top of page

家族への給与、いくらまで経費にできるか——配偶者に払う青色事業専従者給与の決め方

9月4日
読了時間: 10分

 受付や看護師として、開業当初から配偶者に手伝ってもらっている院長は少なくありません。「給与を払いたいが、いくらまでなら経費にできるのか」——この線引きに悩んでいないでしょうか。

 先に結論をお伝えすると、青色申告をしている個人開業医であれば、専従要件を満たす家族への給与を、届出のうえで必要経費にできます。一律の上限額はありませんが、要件・届出・届出どおりの支給を満たしたうえで、第三者に同じ仕事を任せた場合と比べて相当と説明できる額まで、というのが答えです。

この記事のポイント ● 原則、生計を一にする親族への対価は経費にならない(所法56条)。例外が青色事業専従者給与 ● 金額としての適正額は、要件・届出・「専ら従事」の実態を満たし、使用人や同業との比較で説明できる範囲まで ● 所得分散により世帯の税負担が下がることはあるが、健康保険・年金への影響は加入制度によって異なる。世帯全体で試算する

① 原則:生計を一にする親族への対価は必要経費にならない(所法56条)

 そもそもの考えとして、所得税では、生計を一にする配偶者やその他の親族に支払う給与や地代などの対価は、原則として必要経費に算入できません(所得税法56条)。家族どうしでお金を付け替えるだけで税負担を動かせないように、という趣旨です。一方、その親族が受ける対価に係る所得の計算上、必要経費となるべき金額がある場合(たとえば親族名義の事業用建物にかかる固定資産税や減価償却費など)は、その金額を事業主側の必要経費に算入します。つまり「生計を一にする家族は事業主と一体」という考え方が土台にあります。

 なお、「生計を一にする」かどうかは同居・別居だけで決まらず、日常生活の資を共にしているかなど実態で判断されます。生計を別にする親族への給与はこの56条の対象外ですが、通常の従業員給与として必要経費にするには、実際の雇用・労務提供と給与の相当性が必要です。


② 例外:青色事業専従者給与の4要件と白色申告との違い

 この原則の例外が、青色事業専従者給与です。青色申告者が届出をしたうえで、家族への給与を「相当額まで」必要経費にできます。必要経費に算入できるのは、次の4要件をすべて満たしたときです(国税庁 No.2075)。

・青色申告者と生計を一にする配偶者その他の親族であること ・その年の12月31日現在で15歳以上であること ・原則としてその年を通じ6か月を超える期間、専らその事業に従事していること(一定の場合は従事することができる期間の2分の1を超える期間) ・「青色事業専従者給与に関する届出書」に記載した支給方法・金額の範囲内で実際に支給され、その金額が労務の対価として相当であると認められること

 届出の期限は、原則としてその給与を必要経費にしようとする年の3月15日まで。その年の1月16日以後に開業した場合、または同日以後に新たに専従者がいることとなった場合は、その日から2か月以内です。専従者が増える場合や給与を増額する場合など、届出内容を変更するときは、変更届出書を遅滞なく提出します。「届出書に書いた上限額までなら自動的に要件を満たす」というわけではありません。

 白色申告にも「事業専従者控除」があります。控除額は配偶者は最高86万円、その他の親族は最高50万円ですが、控除前の事業所得等を専従者数に1を加えた数で割った金額のほうが低ければ、その低い額が上限になります。いずれにせよ頭打ちがあり、実際の給与額をそのまま反映できません。青色は届出の範囲で相当額まで、という点が大きな違いです。


③ 「専ら従事」——見落とされやすい急所

 4要件のうち、実務で最も注意が必要なのが「専ら従事」です。単に手伝っているだけでは足りず、その年を通じて6か月を超えて、その事業に「専ら」従事していることが要ります。とくに、配偶者が他で働いている場合は要注意です。所得税法施行令165条2項は、他に職業を有する者を、原則として「専ら従事する者」から除いています(その職業への従事が短い、または事業に専ら従事することが妨げられないと認められる場合等を除く)。

 たとえば、配偶者が別の病院で非常勤・パート勤務をしている、育児や別の仕事で従事が細切れになっている、といったケースでは、専従性そのものが問われます。実際、妻である医師が他の病院に週5日勤務し、院長の事業への従事は週1日にとどまっていた事案では、「専ら従事」に当たらないとして専従者給与が認められませんでした(平成15年3月25日裁決)。「6か月を超えれば自動的にクリア」ではなく、その期間、実際に専ら従事していた実態と記録が必要だ、ということです。


④ 裁判例・裁決例に見る「相当額」の判断材料

 「相当額」は抽象的なので、実際の判断例(裁判例と国税不服審判所の裁決)を見てみます。いずれも医療機関の事案です。


・開業医の妻への給与が過大とされた例(東京高判 令和5年8月3日・TAINS Z888-2580/一審 長野地判 令和4年12月9日・TAINS Z272-13785):開業医が、看護師長兼事務長を務める妻に年1,800万円の専従者給与を支払っていた事案です。裁判所は妻の業務や貢献自体は認めつつ、金額が類似同業者の平均のおおむね2倍以上で、勤務実態を客観的に示す証拠も十分でないとして、類似同業者比準による相当額(各年おおむね800万円前後)を超える部分の必要経費算入を認めませんでした。

・歯科医院の妻(歯科衛生士)への給与の例(令和元年9月6日裁決):歯科医院を営む院長が、主任歯科衛生士である妻に支払った専従者給与について、タイムカードなど労務提供の程度を示す客観資料がなかったことから、使用人(歯科衛生士)との比較ではなく、類似する歯科医院の専従者給与の平均額を基準に、その平均額を超える部分は必要経費に算入できないとされました。


 これらの例から分かるのは、専従者要件や届出等を満たしていることを前提に、給与額が過大と判断された場合には相当額を超える部分が必要経費にならないこと、また院内の使用人や類似同業クリニックとの比較、そして勤務実態を示す客観資料が重要な判断材料になることです。ただし、これらは個別事案の判断であり、平均額以下なら自動的に認められるという安全基準ではありません。専従の実態がない、届出がない、届出どおりに支給していない等の場合には、給与全体が必要経費と認められないこともあります。


⑤ 妥当額の決め方と残すべき記録

 裁判例・裁決例の判断要素を実務に落とすと、妥当額は「節税したい額から逆算する」のではなく、「同じ仕事を第三者に任せたらいくら払うか」を起点に決めるのが基本です。判断材料は、①職務内容②勤務日数・時間・従事期間③資格・経験・責任権限④院内の同職種従業員の給与⑤同地域・同種同規模クリニックの採用相場⑥クリニックの規模・収益状況など。

 上の2つの例に共通するのは、労務提供の程度を示す客観資料がないと相当性を説明しきれない、という点です。税務調査で説明できるよう、根拠を3つのグループで残しておきます。

・働いた証拠:タイムカード・シフト表、担当業務がわかる一覧表、作成した資料やメール・業務記録 ・金額の根拠:職務内容をまとめた書面、資格・経験、院内の賃金台帳、近隣の求人票や公的な賃金統計、年1回程度の給与決定メモ ・支払いと給与事務:本人名義口座への定期振込、賃金台帳、給与明細、源泉徴収、年末調整、源泉徴収票の交付、給与支払報告書や提出要件に該当する法定調書の提出

 専従者給与が少額で源泉徴収額がゼロになる月があっても、これらの給与事務がなくなるわけではありません。


⑥ 世帯で見る損得——税と健康保険・年金をセットで確認

 専従者給与は、「院長の税金が減る」という一面だけで損得を判断できません。所得税・住民税は個人ごとに計算されるため、専従者給与によって院長の事業所得が減り、配偶者に給与所得が生じることで、世帯全体の税負担が下がることがあります。さらに、配偶者側では給与所得控除が使え、給与収入が年400万円であれば給与所得控除額は124万円です。ただし、給与額自体が勤務実態などに照らして相当であることが前提です。

 また、青色事業専従者としてその年に一度でも給与の支払いを受けた配偶者は、配偶者控除・配偶者特別控除の対象になりません。もっとも、院長本人の合計所得金額が1,000万円を超えている場合、これらの控除はもともと適用できません。給与所得控除による効果と、専従者給与を支払わなかった場合に利用できた配偶者控除等の有無を含めて、世帯全体で比較する必要があります。


 健康保険料への影響は、加入制度によって異なります。市町村国保は世帯単位で算定されますが、被保険者ごとの所得等を基に計算した応能分・応益分を合計する仕組みです。専従者給与によって院長の事業所得が減る一方、配偶者には給与所得控除後の給与所得が生じるため、保険料が下がる場合、変わらない場合、上がる場合のいずれもあり得ます。自治体の料率、賦課限度額、世帯内の加入者や他の所得によって結果が変わります。

 医師国保も、加入者ごとの定額を中心とする組合など、算定方法は組合規約によって異なります。国民年金保険料は原則として個人ごとの負担です。また、個人事業所の事業主とその家族は、通常、健康保険・厚生年金保険の「事業所に使用される者」には該当しません。家族でも就労実態などから被保険者となる例外はありますが、その確認項目には、確定申告上、専従者給与として支払われていないことも含まれます。「106万円」「130万円」という数字だけで判断せず、加入制度と就労実態を年金事務所や加入先へ確認したうえで、税と保険料を合わせた世帯全体の手取りを試算してください。


⑦ 医療法人・MS法人は別論点

 ここまでは個人開業医の話です。クリニックを医療法人化している場合は、青色事業専従者給与の制度そのものを使いません。配偶者が役員(理事等)であれば役員給与の損金算入ルール(定期同額給与・事前確定届出給与など)が、役員ではなく使用人として勤務する場合は通常の従業員給与のルールになります。定期同額給与などは役員に対する給与に限られ、登記上の役員でなくても実質的に経営に従事していれば、税務上の役員(みなし役員)に該当することがあります。

 医療法人でも、配偶者が理事(役員)である場合、役員給与のうち不相当に高額な部分は損金に算入できません。金額を決める際には、実際の職務内容や従事の程度、法人の収益、類似法人の役員給与などを踏まえる必要があります。

 また、配偶者をMS法人で雇用する形もありますが、専従者給与の代替として形式だけ法人を介在させれば済むものではありません。配偶者が実際に法人の業務へ従事していることに加え、個人診療所とMS法人との間にも実際の役務提供・契約・適正な対価が必要です。設立の要否は、税務・コスト・手間を含めた個別判断になります(顧問税理士にご相談ください)。



まとめ

 家族への給与は、まず「原則は経費にならない(56条)」という土台を押さえたうえで、例外である青色事業専従者給与を、上限ではなく「実態に見合った相当額」で決めるのが基本です。相当額は、要件・届出・「専ら従事」の実態を満たしたうえで、院内の使用人や同業クリニックとの比較など客観資料で説明できるようにしておきます。所得分散による税負担の変化と、加入制度ごとに異なる健康保険・年金への影響を合わせて検討する必要があり、医療法人・MS法人は別ルールになるため、金額を決める前に税理士・年金事務所・加入する健康保険の窓口へ確認しておくと安心です。


執筆者:税理士 鈴木貴之(東京税理士会 上野支部・登録番号 第147721号)

※本記事は2026年09月時点の情報です。税制・社会保険制度は今後も改正される場合があります。実際の適用にあたっては、最新の情報をご確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。


参考資料

東京高判 令和5年8月3日(TAINS Z888-2580)/一審 長野地判 令和4年12月9日(TAINS Z272-13785)

 
 
bottom of page