クリニックの売却に係る税金はどうなるか ― 院長が最初に知っておきたいこと
「承継を考えたとき、自分の事業を譲渡したら、どれくらい手元に残るのか」──承継や引退を考え始めた院長から、よくいただく疑問です。
クリニックの売却で生じる税金を考える出発点は、医院が個人か医療法人か(さらに持分ありか持分なしか)という点です。個人であれば事業用の資産を一つずつ譲渡することになり、医療法人であれば出資持分の譲渡や事業譲渡という形で、課税関係が分かれます。この記事では、第三者への売却(有償譲渡)を前提に、パターンごとにどんな税金が問題になるのかという全体像を整理します。(相続・贈与による親族内承継は本記事では扱いません)
この記事のポイント ● 個人診療所の有償譲渡では売主の所得税が中心で、課税事業者なら消費税も確認します。医療法人は持分のあり・なしで扱いが大きく変わり、廃業のときは税金より、在庫処分・原状回復・退職金・士業費用などの出費が中心になります。 ● 医療法人では、持分ありか持分なしが重要です。持分ありは持分そのものが財産となるため、譲渡の対象になります。一方、持分なしは持分がないため、事業譲渡や退職金等で出口を設計します。 ● だからこそ、まず自分がどのパターンかを押さえ、承継か廃業かの方向を早めに定めて、そこから逆算して利益・持分・退職金の持ち方を整えることが大切です。
① 個人診療所を売却する場合は「所得税」
個人開業の診療所を後継者へ譲るときは、医療機器・内装・不動産・営業権(医院の収益力や信用のようなもの)といった資産を後継者へ「譲渡」することになります。この場合、先代院長側に所得税・住民税がかかります。どの資産を譲るかによって、所得の区分が変わります。医療機器や営業権は原則として他の所得と合算する総合課税の譲渡所得(ただし少額の減価償却資産などは事業所得になることがあります)、土地建物は分離課税の譲渡所得、医薬品などの在庫は事業所得と、資産ごとに扱いが分かれる点に注意が必要です。譲渡価額は当事者間で決めますが、税務上は、対価の総額を医療機器・不動産・在庫・営業権などに合理的に区分する必要があります。目安としては、医療機器や棚卸資産などは簿価を用い、不動産など時価がとれるものは時価で評価し、その差額を営業権とする整理が一般的です。
税額の細かい計算はケースによりますが、大まかな整理をします。
総合課税の譲渡所得となる資産は、まず資産ごとに保有期間を判定します。譲渡益からは年50万円の特別控除を引きますが、短期(取得から5年以下)と長期(5年超)の両方があるときは、まず短期の譲渡益から50万円を控除し、長期部分については残った金額の2分の1だけが課税の対象になります。土地・建物は分離課税で税率が決まっていて、売った年の1月1日時点で所有が5年を超える長期なら約20%、5年以下の短期なら約39%と、持っていた期間で倍近く変わります。つまり、譲渡対価のうち、どの資産にいくらを割り振るかで、かかる税金そのものが動くということです。
売る側が消費税の課税事業者であれば、建物・医療機器・営業権の譲渡には消費税もかかります(土地は非課税)。また、土地・建物や医療機器などを法人へ無償で譲る場合や、時価の2分の1未満で譲る場合には、原則として時価で売ったものとみなして先代院長に課税されるなど、価格の決め方に留意すべき事項があるため、確認が必要です。
② 医療法人は「持分あり」か「持分なし」かで大きく変わる
医療法人の承継は、まず理事長や社員という運営体制を引き継ぐことが土台です。持分を移しても社員や理事・理事長の地位が自動で移るわけではなく、定款に沿った社員の入替え、役員選任、理事長選出などが別途必要になります。そのうえで、持分あり医療法人では、出資持分を譲渡することになります。この持分の譲渡は、一般株式等の譲渡所得として申告分離課税となり、譲渡益に対して所得税・復興特別所得税・住民税を合わせて20.315%が課税されます。医療法人は利益を配当できない決まりのため利益が内部に貯まりやすく、堅実に経営してきた医院ほど持分の評価額が高くなり、承継時の買い手側の資金負担が重くなりがちです。
一方、持分なし医療法人にはそもそも持分がないため、実務では、事業譲渡(資産や契約、スタッフ等の引継ぎ)や、先代院長への退職金などの手法で承継します。また、持分あり医療法人を「認定医療法人制度」等を活用して持分をなくしたうえで移行することも検討されます。
③ 廃業(閉院)でもお金がかかる
廃業で負担が大きいのは、清算に係る費用です。テナントであれば原状回復(スケルトン戻し)費用、医療機器のリース残債、在庫(医薬品など)の処分、スタッフの退職金、そして廃業・解散手続を依頼する税理士・行政書士等への支払い──こうした支出をまず見積もっておく必要があります。廃業を考える医院では利益が出ていないことも多く、その場合、資産を処分しても売却益はあまり出ないため、所得税や法人税といった税金は大きくならないのが一般的です。ただし、土地・建物などに含み益があって売却益が出る場合や、土地売却に伴う課税売上割合の影響により納税が増える場合があるので、確認が要ります。
④ 出口から逆算して利益の持ち方を考える
ここまで見てきたとおり、承継に際して発生する税金は、個人なのか医療法人なのかによって変わります。より高い値段で売るために利益を貯めておくことも大切ですが、出口で発生する税金まで考えると、その時までにどんな経営をしておくかで対策が変わってきます。持分あり法人で貯めすぎると持分評価や解散時のみなし配当が膨らみますが、貯めなさすぎても資金繰りが立ち行かなくなります。役員退職金の設計や、持分あり法人であれば認定医療法人制度への移行などが打ち手になり得ます。ただし、役員退職金は実際の退任と適正な金額が前提で、支給後も法人の資金繰りに無理がないかを確認する必要があります。大切なのは、自分のパターンと進みたい方向をある程度定めてから、そこに向けて利益・持分・退職金の持ち方を整えていくことです。節税を意識しすぎると、いざ退職金を支給したいというときに打つ手がなくなることもあります。引退はまだ先と考えすぎず、終わりも見据えた運営を心がけておきたいところです。
まとめ
医院の売却で生じる税金は、利益の大きさだけでなく、自分がどのパターン(個人か医療法人か、持分あり・なし、承継か廃業か)に当てはまるかによって、課税される税目や計算方法が変わります。個人診療所の有償譲渡では売主の所得税が中心となり、課税事業者なら消費税も確認が要ります。医療法人は持分のあり・なしで扱いが大きく変わり、廃業では税金より、在庫処分や原状回復、退職金、士業への支払いといった出ていく費用が中心になります。特に持分あり医療法人は、認定医療法人制度を使えば猶予や免除の可能性がありますが、制度自体の申請期限があり、注意が必要です。まずご自身の医院がどのパターンに該当するのかを見極め、そこから逆算して利益・持分・退職金の持ち方を整えていくことが、後継者や自分の手元に残るお金を守ることにつながります。
執筆者:税理士 鈴木貴之(東京税理士会 上野支部・登録番号 第147721号)
※本記事は2026年9月11日時点の情報に基づいています。制度の詳細は国税庁・厚生労働省の公表情報および顧問税理士にご確認ください。


